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2023年9月29日金曜日

国際セミナーのご案内

International Seminar on Shifting Boundaries of Public/Private Education


スウェーデン・ウプサラ大学からStina Hallsén准教授をお招きして、教育における公私境界の揺らぎに関するセミナーを開催します。オンライン配信もしますので、ご関心のある方はぜひご参加ください。

日時: 2023年11月9日(木) 15:00-17:00

場所: 信州大学教育学部(長野市)N101教室
  ※事前申し込みの方にはZoom配信も予定しています

内容: 
  • Stina Hallsén, "Homework Support in Sweden"
  • Reiko Nakata Hayashi & Kampei Hayashi, "Rise and Expansion of Public Juku in Japan"
  • Discussion, Q&A
 ※講演および質疑応答は英語で行われます。
  通訳はありません。

申込方法: 当日会場にいらっしゃる方は事前の申し込みは不要です。オンラインで参加をご希望の方は、Zoom IDを連絡しますので、11月8日(水)までに以下のフォームよりお申し込みください。
https://forms.gle/JmW8Z4BERjFZ41fXA


登壇者紹介:
Stina Hallsén(スティーナ・ハルセーン)(写真)
https://www.katalog.uu.se/profile/?id=N6-909
スウェーデン・ウプサラ大学教育学部准教授。教師教育、カリキュラム論、教育政策。スウェーデンでは社会経済的格差を学校に持ち込ませないためにも、宿題は学校の責任でサポートすることになっています。近年、民間企業が宿題支援員の派遣事業に参入するなどして、内側からの民営化が起こっています。宿題サポートを事例に、公私境界の揺らぎについてご講演いただきます。

中田麗子 (Reiko Hayashi Nakata)
https://soar-rd.shinshu-u.ac.jp/profile/ja.ghSVumyC.html
信州大学大学院教育学研究科研究員、ウプサラ大学客員研究員、オスロ・メトロポリタン大学客員研究員。教師教育、保育学、比較教育学。公営塾研究プロジェクトでは、2022年に全国の自治体を対象としたアンケート調査を実施しました。過疎化に危機感を抱く自治体などが、地域の魅力化のために地元の小中高校生のために公営塾を設置する場合があり、近年特に広がりを見せています。初めて行った全国調査の二次分析をもとに、公営塾設置自治体の特徴などについて発表します。

林寛平 (Kampei Hayashi)
https://soar-rd.shinshu-u.ac.jp/profile/ja.ZeTeOpkh.html
信州大学大学院教育学研究科准教授、ウプサラ大学客員研究員。比較教育学、教育政策学、教育行政学。スウェーデンを中心とする北欧の教育を研究するとともに、最近は『教育の輸出』政策に着目してグローバル教育政策市場の拡大について研究しています。そうした国際的な視点から見た日本の公営塾の特徴について発表します。

※この国際セミナーは、JSPS科研費JP21K18501「公営塾の全国調査にもとづく効果と課題の分析」(研究代表者:林寛平)の成果発表として実施します。科研課題の進捗については公営塾科研プロジェクトのウェブサイトをご覧ください(https://publicjuku.com/)。

※信州大学教育学部とウプサラ大学教育学部は学術交流協定を締結しています。両校はこの協定をもとに、学生・院生の相互派遣、教職員・研究者の交流、大学院教育における協力、学術情報交換、共同研究、会合やシンポジウムの開催などの取り組みを実施し、教育・研究の一層の充実につなげることを目指します。本セミナーには、国際共修科目「Education in Global Perspectives II/III」を受講する学生も参加します。

2023年6月2日金曜日

研究紹介: 全国170の自治体が「公営塾」を設置 ~公営塾研究プロジェクトによる全国自治体調査の結果を公表~

公営塾研究プロジェクト(JSPS科研費JP21K18501)では、全国の自治体を対象に「公営塾」を設置しているか等を問う質問紙調査を行いました。調査は2022年1月から3月にかけて実施し、約3分の1の自治体から回答がありました。このうち170の自治体が「公営塾」を設置していることが分かりました。回答の分析から、「公営塾」あるいは公的学習支援事業の内容や対象者は多様であることが分かり、さらなる調査の必要性が明らかになりました。




詳しくは公営塾研究プロジェクトのウェブサイト(https://publicjuku.com/)をご覧ください。

2022年1月15日土曜日

教育新聞連載のご案内

「教育新聞」紙上にて、2018年7月より北欧の教育に関する連載を始めました。

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◆連載「世界の教室から 北欧の教育最前線」北欧教育研究会

北欧の教育に関心を持つ者の交流の場として2004年に始まったのが、われわれ「北欧教育研究会」。研究者や学生だけでなく、主婦、ビジネスパーソンなど、多様なメンバーが集まってファンクラブのような雰囲気で勉強会を重ねてきた。今春、そのメンバーのうち3人が子供連れでスウェーデンのウプサラ大学に赴任したのを機に、この連載を始めることになった。信州大学准教授の林寛平、金沢大学准教授の本所恵、ウプサラ大学客員研究員の中田麗子を中心に、現地の教育、子育て支援など最新ニュースをお伝えする。
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第1回 「キャッシュレス時代の算数」林寛平 (2018/07/13)
第2回 「スウェーデンの高校進学(上)」本所恵 (2018/07/27)
第3回 「スウェーデンの高校進学(下)」本所恵(2018/8/10)
第4回 「スーパーティーチャーの影」林寛平(2018/08/24)
第5回 「スウェーデン流お便り帳?」中田麗子(2018/09/07)
第6回 「何のための目標と成績か?」本所恵(2018/09/21)
第7回 「インターネットで学校が買える」林寛平(2018/10/05)
第8回 「増える学校の特別食」中田麗子(2018/10/19)
第9回 「敬称改革(Du-reformen) 先生に『やあ、モニカ!』」林寛平(2018/11/02)
第10回「スウェーデン版チーム学校」本所恵(2018/11/17)
第11回「最優秀学校給食を目指せ!」中田麗子(2018/11/30)
第12回「ひとりぼっちのクリスマス」林寛平(2018/12/16)
第13回「宿題ポリシー」林寛平(2018/12/30)
第14回「体育の授業増で学力向上?」本所恵(2019/01/20)
第15回「極夜の国の登下校」中田麗子(2019/01/27)
第16回「入試がない国の学校成績」本所恵(2019/02/10)
第17回「『オスロ朝食』からランチパックへ」中田麗子(2019/02/24)
第18回「みんなのアントレ教育」林寛平(2019/03/10)
第19回「『0年生』から始まる義務教育」本所恵(2019/03/24)
第20回「スウェーデンの英語教育」中田麗子(2019/04/07)
第21回「エデュ・ツーリズムと視察公害」中田麗子(2019/06/09)
第22回「高校中退のセーフティーネット」本所恵(2019/05/26)
第23回「思考力を育み評価する高校の試験」中田麗子(2019/06/09)
第24回「フィーカと授業研究」林寛平(2019/06/23)
第25回「スウェーデン人が見た日本の算数」林寛平(2019/07/07)
第26回「人を貸し出す図書館」佐藤裕紀(2019/07/21)
第27回「無理しない行事の工夫」矢田明恵(2019/08/03)
第39回「教室のおしゃれ家具の裏事情(前編)」林寛平(2020/02/07)
第47回「お誕生会は一大事!」中田麗子(2020/05/30)第62回「探究学習でウィキペディア執筆」本所恵(2021/01/04)
第63回「教育改革で多忙になったデンマークの教師たち」原田亜紀子(2021/01/16)
第64回「平和の担い手を育てる体系的な取り組み」田中潤子(2021/01/30)本紙人気連載「北欧の教育最前線」 書籍化され発売開始(2021/03/02)
第82回「スウェーデンの性教育とユースクリニック」太田美幸(2021/10/09)
第83回「学校向けに多数のサービス ノーベル賞博物館」本所恵(2021/10/23)
第84回「放火や対教師暴力 SNSで広がる学校の荒れ」林寛平(2021/11/06)
第128回「入学を勝ち取るために住所を変える デンマーク」佐藤裕紀(2023/07/22)
 
※記事は第1回のみ無料で閲覧できます。

2021年8月26日木曜日

日本教育学会奨励賞を受賞しました

2019年に日本教育学会の機関紙『教育学研究』に掲載された論文に対して、日本教育学会から奨励賞が授与されました。

日本教育学会奨励賞

授賞対象は以下の論文です。

林寛平「比較教育学における「政策移転」を再考するーPartnership Schools for Liberiaを事例にー」日本教育学会(編)『教育学研究』第86巻第2号, 2019, pp.213-224.

要旨は以下からご覧いただけます。
https://shinshuedu.blogspot.com/2019/10/blog-post_10.html

本文はJ-STAGEからダウンロードできます。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kyoiku/86/2/86_213/_article/-char/ja/



(以下、2021年8月26日追記)

例年、授賞式は学会大会の場で行われていますが、新型コロナウィルスにより大会がオンライン開催となりました。そのため、2021年の大会時に授賞セレモニーが行われました。

授賞理由 

本論文は「教育の輸出」事象が広がりを見せていることに着目し、これまで比較教育学が用いてきた「政策移転」や「政策借用」という概念で想定されていたこととは異なる事態が生じていることをリベリアの公立学校でのアウトソーシングの事例分析を通じて明らかにしている。具体的には、従来の政策移転論は、その政策が移転先において「土着化」「再文脈化」したり、淘汰・絶滅したりする段階へ至るものと把握されてきたのに対して、近年の「教育の輸出」では、輸出側の収益優位性を保持するために、「土着化」を阻害し続ける作用が働いており、比較教育学はそうした現象を捉えうる新たな枠組みの構築を必要としていることが考察されています。

教育の国際開発で起きている最新の事象を取り上げて、新しいデータを収集・分析することによって、比較教育学の研究方法論を再考しようとする挑戦的な研究という点で高い学術的意義が認められます。また、「政策移転」の分析枠組みを捉え直すことにとどまらず、近代公教育と国民国家形成を結び付けた教育理解のあり様を転換する必要性をも示しており、教育学研究に広くインパクトを及ぼす可能性を有するものです。

教育のグローバル化が進展する中で、教育の輸出と輸入は政治性と商業性を帯びてさらに広がっていくことが予想され、本論文は教育学研究に有益な示唆をもたらすとともに、将来的発展を大いに期待できるものと考えます。

よって本論文は奨励賞に値すると判断されました。
(奨励賞委員長・浜田博文先生)

※抜刷を無料でお送りします※

2021年3月25日木曜日

研究紹介: スウェーデンの離学予防・復学支援策

林寛平・本所恵「スウェーデンの離学予防・復学支援施策」, 園山大祐(編)『学校を離れる若者たち ヨーロッパの教育政策にみる早期離学と進路保障』(ナカニシヤ出版, 2021)


 スウェーデンの離学対策の特徴は、切れ目のない施策にある。基礎教育を受ける権利と義務、高校進学で挫折した人への補充教育、高校中退予防、そして、取りこぼした人をすくい上げる成人教育がある。これにより、希望すればほぼすべての人が高校卒業を目指せる制度が整えられている。また、病気や障害で学業を中断せざるをえなくなった人には現金給付があり、セーフティネットが広く張られている。加えて復学に向けたインセンティブが仕組まれていて、就労も就学もしていない若者に学業に復帰する動機を与えようとしている。本章では、スウェーデンにおける切れ目のない支援体制を描出するために、対象者の法的定義と統計を整理し、政策の重要な転換点を踏まえたうえで、離学・復学施策の特徴を検討する。(「はじめに」より)

書誌情報 (amazon.co.jp)
 書名: 学校を離れる若者たち ヨーロッパの教育政策にみる早期離学と進路保障
 出版日: 令和3(2021)年3月31日
 出版社: ナカニシヤ出版
 編者: 園山大祐

2021年3月10日水曜日

研究紹介: スウェーデンはなぜ一斉休校にできなかったのか

田平修・林寛平「コロナ禍におけるスウェーデンの学校教育」日本比較教育学会(編)『比較教育学研究』62, 2021, pp.41-58.


Shu TABIRA & Kampei HAYASHI (2021) Swedish Schools during COVID-19 Crisis, Bulletin of the Japan Comparative Education Socitety, 62, pp.41-58.


本書はこちらからご購入いただけます。


新型コロナウイルス感染症の拡大により各国が都市閉鎖や一斉休校に向かう中、スウェーデンは特異な対応を採ってきた。この間、国内での賛否両論はもちろんのこと、米国のトランプ大統領がTwitter上で批判したり、「ノーガード戦法」と揶揄されたりするなど、各国から大きな関心を集めてきた。

スウェーデン政府は新型コロナウイルスを「社会的脅威(samhällsfarlig)」とし、感染拡大を抑制することで人々の生活、健康、仕事を守ることを目指した。王室もビデオメッセージを公表するなどして、危機感を共有してきた。しかし、他国が非常事態を宣言して行政府の裁量を拡大する中で、スウェーデンでは法改正と強制力を伴わない「勧告(rekommendation)」を組み合わせた穏やかな対応が採られた。スウェーデンは平時の延長として新型コロナウイルスに対峙してきたと言える。特に、個人と社会の両方を守ることを掲げ、リスクの高い人を隔離し、それ以外の人には感染症対策の上、これまで通りの活動を推奨した点が特徴的である。

これらの対応は主に感染対策法と労働環境法、そして公衆衛生庁が2019年に策定したパンデミック準備計画に基づいている。準備計画はインフルエンザを想定したものだが、新感染症全般に応用できる内容で、パンデミックへの備え、コミュニケーション計画、薬へのアクセスと利用の3部構成となっている。このうちコミュニケーション計画では、情報が錯綜することで無用な混乱や政府への不信感を生まないよう、各機関の役割を明確にすることが示されている。その原則は以下の3点に要約される。

責任原則: 通常時の事業責任者が危機時にも責任を持つ。部門間で協働する際も同様
平等原則: 危機時の活動はできる限り通常時と同様に行うべき
近接原則: 危機は、それが発生した場所で、最も影響を受け、かつ責任のある者によって対応されるべき

世界保健機関(WHO)がパンデミックを宣言すると、公衆衛生庁は3月17日には高校や大学等は通信授業に移行するよう勧告した。高校生以上は学校に集まらなくても授業ができることから、感染拡大を予防し、最も脆弱な人が医療を受けられるようにするためだと説明された。また、高校生や大学生等は幼い子供と違ってケアが必要ないことや、授業集団が大きいことが理由として挙げられた。

プリスクールと基礎学校は、一部の自立学校(運営費の大半を公費で運営される私立学校)が独自に閉鎖した例や、生徒や教職員から感染者が出た学校を除き、全国的な休校にならなかった。公衆衛生庁は学校閉鎖が感染拡大のリスクを減らすという科学的な根拠はないとして、子供を自宅に待機させるのは効果的な対応ではないと考えていた。これに加えて、休校を措置する法的根拠がなかったこと、教育を受ける権利と義務の扱い、学校の保育機能に関する議論、学校の福祉的機能に関する議論などが背景にあった。

教育法では、学校教育の目的を「学校における教育は子供と生徒が知識と価値を獲得し、発展させることを目的とする。これはすべての子供と生徒の生涯にわたる学習意欲を促進するものである。教育はまた、スウェーデン社会が基づく人権と基礎的な民主主義的価値を尊重することを伝え、定着させるものである」としている。また、これに続けて「教育は子供と生徒の多様なニーズを考慮に入れなければならない。子供と生徒は可能な限り成長するように支援と刺激が与えられるべきである」とうたわれている。本稿では、パンデミック下において、スウェーデンの学校がこの目的達成にどのように取り組んできたのかを整理し、この間の議論の背景にある制度や思想を考察する。(「はじめに」より)


はじめに
1. なぜすぐに休校にできなかったのか
2. なぜいまだに休校しないのか
 (1) 教育を受ける権利と義務の扱い
 (2) エッセンシャルワーカーのジレンマ
 (3) 学校の福祉的機能の維持
3. 学校はどう変わったか
 (1) ニューノーマルと教員の過重負担
 (2) 子供の知る権利の保障
 (3) ウィズ・コロナの授業
おわりに

2021年2月4日木曜日

研究紹介: 北欧の教育最前線-市民社会をつくる子育てと学び

北欧教育研究会編(2021)『北欧の教育最前線-市民社会をつくる子育てと学び』明石書店


書籍はこちらからご購入いただけます(2021年2月28日発売予定)。


 みなさんは、学校の体育館の壁に、何列も平行に並んだ木の棒が設置されているのを見たことがありますか?「肋木」(ろくぼく)という名の体操器具ですが、登ったり、足をかけて逆さ吊りになったりした人もいるでしょう。あるいは、タオル掛けとして使った人の方が多いかもしれません。体育でよく使われる跳び箱や平均台、肋木は戦前にスウェーデン体操の道具として導入されたものです。それ以来100年以上にわたって日本の体育指導に使われてきました。今となっては、自然な風景として学校に溶け込んでいます。

 子どもから大人まで大人気のムーミンは、フィンランド発と思われがちですが、原作はスウェーデン語で書かれています。当初の作品では毒々しく、醜いキャラクターでしたが、これをカラフルに、ポップに愛らしく表現したのは日本のアニメ制作会社でした。原作者のトーベ・ヤンソンは色付けに不満があったようですが、フジテレビでのアニメ放送がなければ、いまのような世界的なキャラクター・ビジネスは成立していなかったかもしれません。

 地理的には遠い北欧ですが、その影響は意外と私たちの身近にあります。本書では、魅力たっぷりの北欧の教育を紹介するとともに、その「最前線」で私たちと同じように悩み、奮闘している様子を等身大でお伝えしたいと思います。また、原稿の執筆にあたっては、研究者としての専門性も踏まえて、理想的な面だけではなく、その成り立ちの歴史や文化、社会を少しでも深掘りして、立体的に理解できるように書くことを心がけました。

 本書出版のきっかけは、『教育新聞』での連載「世界の教室から 北欧の教育最前線」にあります。北欧教育研究会のメンバー3人が子連れでスウェーデンのウプサラ大学に赴任したことを契機に、2018年に始まりました。本書はそれらの連載記事を再編集し、さらに書き下ろしの原稿を加えて刊行するものです。

 全体は5章立てになっています。第1章は本のタイトル通り「北欧の教育最前線」として、みなさんにまず読んでいただきたい特徴的なトピックを集めました。第2章は「伝統と革新」です。北欧の教育の歴史や思想に触れて、「どうしてそうなっているのだろう?」という疑問にお答えします。第3章は「日常の風景」です。本書の狙いでもある「生活者目線」で書いた原稿を集めました。魅力いっぱいの北欧ですが、そこに暮らす人々は普段どのような生活をしているのでしょうか。第4章は「課題と挑戦」です。日本と共通した課題や、日本への示唆が得られるような挑戦を取り上げます。

 第5章は「光と影」です。理想郷のように見られる北欧ですが、その裏には私欲まみれのスキャンダルもあります。本書の最後に、人間らしいドタバタ劇をお示しすることで、少しでも北欧への親近感を感じていただければと思います。このように章立てをしていますが、もともとコラムとしてそれぞれの原稿が独立していたものなので、どこから読み始めていただいても結構です。目次をご覧いただき、気の向くまま、興味のある章から読み始めてください。

 題名どおり、本書は最新事情を扱っています。そのため、内容はすぐに古くなってしまうかもしれません。しかし、「今」のひとつひとつの出来事は、これからの教育を占う経験として活用されるでしょう。その意味で、本書が皆様の理解に少しでもお役に立てると嬉しいです。

 北欧教育研究会は2004年に始まった「ファンクラブ」です。研究者や学生だけでなく、主婦やビジネスマンなど、多様なメンバーが集まって情報交換や勉強会を重ねてきました。本書でも随所で説明されるように、北欧は権威主義を嫌います。そのような社会に魅せられた私たちも、一部の「専門家」が独り占めするのではなく、「みんなの北欧」をそれぞれの好みで嗜む会を作りたいと思っています。この本を手に取ってくださったみなさんも、機会がありましたら、研究会にぜひご参加ください。

 本書の編集は、連載チームでもある林寛平、本所恵、中田麗子、佐藤裕紀が担当しました。みなさんの感想を聞ける日を楽しみにしています。(「はじめに」より)


書誌情報 (amazon.co.jp)

 書名: 北欧の教育最前線ー市民社会をつくる子育てと学び
 出版日: 令和3(2021)年2月28日
 出版社: 明石書店
 編者: 北欧教育研究会

2020年9月15日火曜日

オンライン学習の出席・成績評価モデル

 不登校の小中学生が自宅でオンライン学習をした時に、学校は出席や成績をどのように判断すればいいか。文科省は「実態に応じて校長が判断すべし」と通知していますが、判断基準がないため難しい現状があります。そこで、オンライン留学プロジェクトOJaCでは、主に以下の問いに答えるために、全国17自治体と共同で実証実験を行っています。「ガイドライン評価委員会」(座長・林寛平)では、年度末に評価基準のモデルを一般公開することを目指して取り組んでいます。

【出席基準】学校の敷地内に一歩でも入れば、給食を食べるだけでもその日は出席扱いにできます。しかし、在宅学習では自宅にいるだけでは出席にはなりません。何らかの学習活動が必要になりますが、何をどれくらいやれば、何日分の出席になるでしょうか。

【成績基準】教室では決まった進度で一斉に授業が展開し、単元の内容が理解できていない児童生徒がいた場合でも何らかの評価が与えらることが多くあります。オンライン学習の場合、上の学年の「先取り」やつまずいた既習内容の「やり直し」が個別にできます。不登校の子どもが教室で扱っている単元と異なる題材に取り組んだら、それは評価できるでしょうか。また、6年生の児童が、これまで手付かずだった4年生の学習に熱心に取り組み、年度末には5年生の内容まで進んだ場合には、その成果をどのような形で評価・フィードバックできるでしょうか。

 不登校児童生徒の事情や背景は多様で、能力や学習進度も異なっています。週に数回登校できる子もいれば、全欠となる子もいて、中には特別な支援が必要な子もいます。支援に熱心なご家庭もあれば、学校に不信感を抱いている保護者もいて、子育てに意欲が持ちにくい複雑な環境がある場合もあります。

 この活動は厳格な基準を設けて通常の学校と同じように出席扱いや学習評価をすることを目指すのではありません。不登校児童生徒の学習をさまざまな角度からできる限り肯定的に承認し、児童生徒の自己肯定感を高め、学びへの意欲を喚起し、継続する動機付けに役立ててもらうことを目指しています。文科省がこれまで通知してきた方針の通り、各自治体や学校には、不登校児童生徒との多様なかかわりの中から得られた情報を可能な限り加味したうえで、出席の判断や学習評価をしていただくことを前提としています。

 このモデルでは汎用性の高い出席・学習評価の基準を示すことを目指していますが、これは不登校児童生徒の多様性を無視して、同じような手立てで対応することを求めているわけではありません。このモデルを各自治体や学校がそれぞれの実態に応じて改変して活用することで、多様な学びの機会が提供できるようになることを期待しています。そうすることで、不登校児童生徒が未来を自ら切り開く希望とチャンスを提供したいと願っています。

2020年3月16日月曜日

授業: 世界の授業スタイル

1. 教科書


2. 講義映像


13章 世界の授業スタイル (60分22秒)


3. 講義資料


4. 参考文献


はじめに
第1節 世界の授業スタイル
 1. Nintendo Wiiで体育の授業(シンガポール)
2. 寝っ転がって授業を受ける(北欧)
3. アンドロイド端末で学ぶ(アフリカ)
 4. 起業コンテストと移民(欧州)
第2節 世界から見た日本の授業
 1. 偏見の逆輸入
 2. 日本の授業
 3. 日本の授業研究
第3節 グローバル化する世界の授業
 1. 輸出財としての授業

2. イデオロギーの移植
おわりに

5. アンケート



2019年10月10日木曜日

研究紹介: 教育省をアウトソースすると発表したリベリア

林寛平「比較教育学における『政策移転』を再考するーPartnership Schools for Liberiaを事例に―」日本教育学会(編)『教育学研究』第86巻第2号, 2019, pp.213-224.


本文はこちらからご覧いただけます。

キーワード:比較教育学、政策移転、教育の輸出、Partnership Schools for Liberia (PSL)、グローバル教育政策市場

 教育の輸出および輸入の発生と進展により、比較教育学は新たな現象に直面している。従来、比較教育学は「政策移転」や「政策借用」の概念を用いて議論を行ってきた。Cowen(2006)は政策移転を移転、トランスレーション、トランスフォーメーションの3つの段階に分けている。政策移転が行きつくところは、初期のトランスレーションが土着化するか、逆に絶滅するというトランスフォーメーションの段階であるが、教育の輸出・輸入においてはトランスレーションが本質的に疎外される。それは、輸出側の優位性を保持し、利益を確保し続けるためである。

 本稿では、Partnership Schools for Liberia (PSL)の事例を用いてこの新しい現象を描き出す。PSLは公立の幼稚園と小学校を営利団体を含む非政府系アクターに外注する試みである。これらのアクターのほとんどは外国に拠点を置いている。PSLの目的は、第一に、非国家の運営者を選択・委託・契約し、94の公立小学校を運営させ、読解と算数においてより高い学習成果を導くこと。第二に、教育省がPSLの学校を委託し、規制し、質を保障する役割を効果的にできる能力を築くこと。第三に、PSL学校の成果(質、費用効果、公平)を伝統的な公立校との比較によって測り、厳格な外部評価を実施することである。

 この事例について3つの論点を挙げる。第一に、PSL学校は公正を期するために複数の団体に外注されている。しかし、現実には、これらの団体は資金のフローと個人的関係によって相互につながっていることが分かった。第二に、リベリアの教育省は3つの目的それぞれについて外国を拠点とした団体に外注している。このことは、リベリアの文脈において土着化することを構造的に難しくしている。教育大臣の構想は「全国のすべての地区の公立学校をトランスフォームし、すべての子どもに機会を提供する」ことであったにもかかわらず、PSL学校のコントラクターが土着化の度合いを意図的に統制できる力があった。第三に、教育の技術や方法において先進的な国の団体に外注することにより、PSL学校はリープフロッグ現象を経験している。リベリアは明らかに教育の量的拡大の段階であるにもかかわらず、「パッケージ化された学校」を「購入」し外部評価を実施することにより、量的拡大の段階を飛ばし、質評価の段階に直接移行している。これは他国が経験していない状況である。

 最後に、比較教育学の理論に照らして再考および省察すると、リベリアの事例はトランスフォーメーションの段階を持たない新しい形の政策移転であると指摘できる。比較教育学は、教育の輸出入において「パッケージ化された学校」を購入するという事象を分析するための枠組みを構築し精緻化する必要があろう。



Rethinking Policy Transfer in Comparative Education: 

The Case of Partnership Schools for Liberia


Kampei HAYASHI (Shinshu University, Uppsala University) 

Full paper is here.

Key words: Comparative Education, Policy Transfer, Education Export, Partnership Schools for Liberia (PSL), Global Education Policy Market 

With the emergence and growth of the education export and import practice, comparative education is facing a new phenomenon. Conventionally, comparativists have discussed issues with the concepts of ‘policy transfer’ and ‘policy lending/borrowing’. Cowen (2006) divided policy transfer into three stages: transfer, translation, and transformation. Policy transfer in education had the ultimate process of transformation, where the original translation became indigenous, or conversely, extinct. However, in the case of education export and import, policy transformation is inherently avoided, mainly to maintain the superiority of the export side and thus secure profit from the trade. 

This new phenomenon is illustrated in this paper through the case of the business of the Partnership Schools for Liberia (PSL). PSL is an attempt to outsource governmental preschools and primary schools to non-state actors, including for-profit organizations, who are mostly foreign-based. PSL’s aim is to ‘1) select, commission, and contract non-state operators to run 94 public primary schools, leading to higher learning outcomes in literacy and numeracy; 2) build the capacity of the Ministry of Education to effectively play the role of commission, regulator, and quality assurer to PSL schools, and 3) conduct a rigorous external evaluation to measure the performance (quality, cost-effectiveness, equity) of PSL schools in comparison with traditional public schools’.

Three issues are raised through this case. Firstly, to secure fairness, PSL schools are outsourced to several organizations, however, the reality is that the actors are overlapping and interrelating in terms of monetary flow and personal relationships. Secondly, the Liberian government outsources all three areas of PSL’s aims to foreign organizations, and this creates structural difficulties for indigenisation in local context. Despite the Education Minister’s ‘vision for transformational public schools in every district across the country, providing access to every child’, PSL contractors have the power to intentionally control the degree of indigenisation. Thirdly, by outsourcing to different actors whose countries have reached far more advanced technology and methodology in education, PSL schools experience leapfrog phenomenon. Following the ordinary development process, Liberia is clearly in the phase of quantitative expansion. However, by ‘buying’ a ‘school-in-a-box’ product and doing an external evaluation based on student performance, PSL schools skip the phase of quantitative expansion, and move directly to the quality evaluation. This is a unique case. 

Finally, by rethinking and reflecting on the framework of comparative education theory, the case of Liberia is defined as a new type of policy transfer that lacks the transformation phase. It is a challenge for comparative education to refine and develop an analytical framework to analyse cases in education export/import, where a country carries out ‘buying’ a ‘school-in-a-box’ policy.

2019年10月9日水曜日

ワークショップ「『教育の輸出』政策の実態と課題」のご案内

埼玉大学で開催される日本教育行政学会第54回大会において、以下のワークショップを開催します。ご関心のある方はぜひご参加ください。

特別企画(国際交流委員会ランチョンWS)「教育の輸出」政策の実態と課題

日時: 2019年10月19日(土) 12:00~13:00

場所: 埼玉大学 教育学部 A棟 A324

趣旨説明: 貞広斎子(千葉大学) 今期の委員会活動との関係性について
報告: 林寛平(信州大学・ウプサラ大学)「教育の輸出」をめぐる教育行政学的課題  
報告: 植田みどり(国立教育政策研究所)イギリスにおける実態―教員研修の事例―

趣旨: 
 大規模国際アセスメント(PISA等)が実施されるようになり、教育政策が国境を越えて流通している。ニュージーランド、フィンランド、日本などは「教育の輸出」国家戦略を策定し、義務教育段階の教育政策(実践を含む)や助言を海外アクターに提供し、収益を上げている。拡大するグローバル市場の中で、世界最大の教育企業でイギリスを拠点にするPearson社やJames Tooley教授(ニューカッスル大学)らが出資しガーナにOmega Schools社が創設された。Omega Schools社はガーナ国内で低コスト私立学校チェーンを展開するだけでなく、リベリアにも進出し、自らが「輸出」アクターとなっている。このような事象は極めて流動的で、商業活動であるがゆえに全体像の把握が難しい。その上、個別事例の課題はもとより、構造的・国際的な問題が懸念され、教育行政学のアプローチからも検討が求められている。

 教育サービスの貿易は、「サービスの貿易に関する一般協定」(GATS)において分類されて以降、初等教育にも範囲を広げてきた。任意で参加することが多い高等教育とは異なり、多くの国で義務となっている初等教育への海外アクターの参入には倫理的な課題が懸念される。今後日本も、輸出国になると同時に、市場としても見られることになり、これにより生じる公教育の変容についても学術的な検討が必要である。 そこで本企画では、「教育の輸出」政策の事例を持ち寄り、教育行政学に向けられた課題を検討する。まず、貞広より、今期の委員会活動と本企画の関連性について説明した後、国際交流委員会から林・植田の2名が報告する。

 今期の国際交流委員会では、2017年の大会時に国際シンポジウム「国際アセスメント時代における教育行政」を開催した。2019年3月にはJ. ジェニングズ著『アメリカ教育改革のポリティクス―公正を求めた50年の闘い―』書評会を開き、5月には韓国での国際シンポジウム「政策変容期における政策の安定性・合理性確保のメカニズムに関する国際比較」に参加している。また、8月には世界教育学会(WERA)でシンポジウム「Externalization and Internalization: Referencing and adaptation of external policies in the Japanese education system」を開催した他、講演会「グローバルシティにおける教育改革とスクールリーダーシップの動向と展望」を行った。こうした機会を通じて、グローバル化と教育政策、教育と政治との関係性、Externalization and Internalizationについて議論を深めてきた。本企画はこれらの議論をベースにしている。

 林は「教育の輸出」関する先行文献を検討し、現象の定義と研究動向を整理した上で、教育行政学のアプローチから研究上の課題を報告する。特に、シンガポールやフィンランドのように、植民地を持った経験のない新興「起業家的国家」(entrepreneurial state)の性格を持つの事例と、英米の伝統的な対外政策を比較し、開発支援を通じた教育政策への関与の在り方を検討する。このような世界的な動向を踏まえて、文部科学省等が進める「日本型教育の海外展開推進事業」(EDU-Portニッポン)の課題を指摘する。

 植田は、イギリス(イングランド)での動向について紹介する。例えば、ロンドン大学教育学部(IoE)では、イギリスで制度化されている管理職研修プログラムを中東やアジアの国々において各国の事情に応じてカスタマイズして提供している。またCambridge Educationは英語教育のノウハウを活用して独自の英語教員のスタンダードを開発してアジアの国々において研修プログラムの提供と資格認証を行っている。このようにイギリス国内で開発されたプログラムを積極的に海外に輸出している。このような動向を紹介しながら、これらの組織が、どのように各国の事情に合わせたシステムやプログラムの開発を行っているのかを報告する。

 これに加えて、「教育の輸出」のアクターであるOmega Schools社より広報担当社員のJohn Kokro Frimpong氏とリベリア事業責任者のMichael Bonney氏をお招きし、具体的な事例を補足的に説明してもらう。ゲスト2名には、イギリス・Pearson社との資本関係やリベリアでのビジネスの収益がどのように扱われているのかについてもお話しいただく。また、Omega Schoolsの設立者であるKen Donkoh氏が最近経営から退いたことについて、その背景事情とその後の経営体制について話を伺う。 

 本企画では、限られた時間ながら、学術交流のために有効に活用するために、昼食を持ち寄ってワークショップ形式で行い、国際交流委員会でのこれまでの議論を学会員と共有する機会としたい。そのため、参加者に発言を求めることがある。なお、ワークショップの一部は英語で行われる。

【中止】セミナー「ガーナにおける低コスト私立学校運営とリベリアにおける展開」のご案内

【キャンセル】講師の2人が来日できなくなったため、本イベントは中止になりました。

 ガーナのオメガ・スクールから社員を招き、エデュ・ビジネスと「教育の輸出」の実態についてお話しいただきます。オメガ・スクールは世界最大の教育企業Pearson社が出資して2008年に設立された営利企業で、ガーナで低コストの私立学校チェーンを運営し、2万人以上の生徒を抱えています。また、最近はリベリアにも展開しています。

 申込み不要、参加費無料で学外の方もご参加いただけます。

科研費セミナー「ガーナにおける低コスト私立学校運営とリベリアにおける展開」

日時: 2019年10月17日(木) 13:00~15:00

場所: 信州大学教育学部 北校舎(N館)3階 N303教室

講師: John Frimpong Kokro氏(オメガ・スクール社員・広報担当)
   Michael Bonney氏(オメガ・スクール社員・リベリア事業責任者)

司会: 林 寛平(信州大学大学院教育学研究科・准教授)


本研究はJSPS科研費(16H05960)「グローバル教育政策市場のインパクトに関する国際比較研究」(若手研究(A))の助成を受けたものです。

2019年7月7日日曜日

世界教育学会(WERA)のご案内

2019年世界教育学会東京大会(World Education Research Association 2019 Focal Meeting in Tokyo)で林寛平が研究発表をします。
ご関心のある方はぜひお越しください。

【日時】 2019年8月5日(月)~8日(木)

【場所】学習院大学 中央教育研究棟 404教室

【発表日時】2019年8月7日(水) 14:25~18:00

【発表題目】Shifting Boundaries of Education and the Rise of Private Supplementary Tutoring—International and Comparative Perspectives

【発表内容】
Nowadays, the knowledge monopoly of mainstream education is being questioned in many contexts and different ways. National education systems continue to be framed by state policy. However, today, compared to previous years, enterprises, schools, and families are more active in an enlarged educational landscape, which is driven by different interests, ranging from public and private to philanthropic.

An example of the common activities that take place in the changed educational landscape is supplementary tutoring, which is often referred to as shadow education; aiming at strengthening the knowledge and competitiveness of each student. Another example is the outsourcing of teaching by public schools to private actors. These examples indicate that the interaction is blurring and the boundaries of regular schooling are shifting.

The purpose of this symposium is to contribute with knowledge on the processes and consequences on the reframing of state educational systems. We examine the interplay in terms of policy and practice between the state, market, and civil society and the participation and integration of new actors.

In this symposium, contributions are theoretically framed by institutionalism and boundary work, including policy enactment and narratives, focusing the legitimacy of different educational providers and curricula. To capture current trends, we examine and compare strong characteristic cases. In this manner, we endeavour to delineate the shifting dynamics of regular education in this era of extensive educational change.

Keywords: Supplementary Tutoring, Shadow Education, Institutionalism, Legitimization, Boundary Work

Chairs: Stina Hallsén, Uppsala Universitet & Kampei Hayashi, Shinshu University

Part 1
1. State Responses to the Rise of Private Supplementary Tutoring: A Comparative Analysis of Regulations and their Implications
    Mark Bray, East China Normal University, Shanghai

2. Market Responses to State Regulations on Shadow Education: Chinese Experiences and Implications for Public-Private Partnerships
    Zhang Wei, East China Normal University, Shanghai

3. Policy Enactment at the Boundary of Public Education in Sweden; the rise of Private Supplementary Education and a changed Political Discourse
    Stina Hallsén, Uppsala universitet

4. Public Role of Private Education Services in Japan
    Megumi Honjo, Kanazawa University & Reiko Hayashi Nakata, Uppsala University


Part 2
5. Seeking Private Supplementary Tutoring as a Strategy of Parentocracy: Understanding the Demand for Private Tutoring of Chinese Parents
    LIU Junyan, East China Normal University

6. The Many Faces of Shadow Education – a Nordic Case
    Eva Forsberg, Stina Hallsén, Marie Karlsson, Helen Melander Bowden, Tatiana Mikhaylova & Johanna Svahn, Uppsala University

7. Exporting Public Education: ‘Domestic Public’ Becomes ‘Overseas Private’
    Kampei Hayashi, Shinshu University

8. The formation of policy on private supplementary tutoring in post-Soviet Russia
    Tatiana Mikhaylova, University of Gävle and Uppsala University

詳細はWERA-TOKYOウェブサイトをご覧ください。

2019年7月6日土曜日

北欧教育研究会のご案内

北欧教育研究会の8月例会で林寛平が最近の研究内容を報告します。
ご関心のある方はぜひお申し込みください。

北欧教育研究会は、北欧5カ国(アイスランド、スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランド)の教育に関心を持つ人たちの集まりです。北欧教育に関心を持つ人たちの交流の場として、北欧の教育に関する情報交換を行っています。

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研究会のご案内(2019年8月)

2019年8月の例会を下記の通り企画しましたので、ぜひご参加ください。
なお、会場準備の都合により、参加を希望される方は事前にお申し込みをお願いします。

【日時】 2019年8月13日(火) 13:00~15:00

【場所】 旧吉田茂邸「金の間」(神奈川県大磯町)
    http://www.town.oiso.kanagawa.jp/oisomuseum/index.html

【アクセス】JR東海道線「大磯駅」下車、バス「二宮駅行」「湘南大磯住宅行」で
      城山公園前下車

【報告】林寛平さん(信州大学)
    題目:グローバル教育政策市場による「教育の植民地化」を考える

【申込方法】 8月9日(金)までに下記申し込みフォームにご記入ください。
      https://forms.gle/yH7mg7aFqkb1ctUJ9

※オンラインによる参加も歓迎します。オンライン参加の場合、SkypeのIDを上記の申し込みフォームにてお知らせください。オンライン参加が多い場合には、SkypeからGoogle Hangoutに変更する場合があります。
※会場からは、大磯ロングビーチ・大磯プリンスホテルや湘南海岸に徒歩で行けます。ぜひゆっくりしていってください。

研究会後に懇親会を予定しています。
参加を希望される方は、上記の申し込みフォームにてお申し込みください。
(懇親会のみの参加も歓迎します・お子様連れの参加も歓迎します)

みなさまのお申し込みをお待ちしております。
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研究会のウェブサイトはこちら(http://nordiskutbildning.blogspot.com/2019/07/20198.html)

2019年7月5日金曜日

研究紹介: Education Export and Import: New Activities on the Educational Agora

Kampei HAYASHI (2019) Education Export and Import: New Activities on the Educational Agora in Mølstad C. E. & Pettersson D. (Eds.) New Practices of Comparison, Quantification and Expertise in Education; Conducting Empirically Based Research, 1st Edition, Routledge, pp. 175-188.

    Dr. Yeap Ban Har, the world famous expert on Singapore Math started his workshop at a Swedish school by the phrase “there’s no such a Singapore Math”.
That was really a catchy introduction and he swept the reluctant teachers feet off brilliantly. He told that no child was born as excellent or as poor, but society, culture or system grow the children in the way. He continued to explain the characteristic of the Singaporean success in TIMSS mathematics that they have strengthen on competent pupils in advanced levels, and that is accomplished by a combination of Asian style math lesson and practice of Lesson Study. Figures from the international assessments and researchers’ work were often referred to support his argument, and at the end he showed the evidence-proven model lesson in front of all teachers. Ms. Britta Wikman, the school principal who invited Dr. Yeap, then presented the school’s ambition toward globalization; teachers as researchers keep continuous inquiry and exchange teaching expertise all over the world. The scene itself was literary international in a way – me as a Japanese researcher listening Singapore Math at Swedish school. The Swedish teachers at school use translated version of Singapore Math textbooks in their classroom.

    Education has become a field of business, not only at the domestic market, but also at the international trade arena. In addition to the ‘traditional’ edu-business sectors such as textbook publishers, school chain providers and education consultancies, giant IT companies joined the field through the investment of philanthropy organizations (Au & Ferrare, 2014), and even government is entering this market as one of the actor (Hayashi, 2016). Marketization used to be regarded as a movement of right wing’s neo-liberalistic idea to some extent, however, the teachers’ union, which is generally regarded as left wing body and against neo-liberalism (eg. Verger, Fontdevila & Zancajo 2016), is one of the major provider of profit making education services in Singapore. Anyone can do edu-business, and edu-business easily cross over the border. International organizations such as OECD and World Bank are assisting the expansion of the market by providing statistics and loan scheme.

    The focus of this chapter is on “Education Export”, phenomena in which governments promote edu-businesses to go abroad. Several countries have set national strategies to sell their education goods and services to other countries. In the following, the perspectives of exporter countries, such as Finland, Japan and Singapore, as well as importer countries’ perspective from Ghana and Liberia are illustrated. 

書誌情報 (amazon.co.jp)
書名: New Practices of Comparison, Quantification and Expertise in Education
 出版日: 平成31(2019)年3月29日
 出版社: Routledge
 編者: Christina Elde Mølstad, Daniel Pettersson

2019年3月7日木曜日

サバティカル成果報告会の開催について

2018年3月から1年間、信州大学教育学部からサバティカル(研究休暇)をいただいて、スウェーデン・ウプサラ大学を拠点に研究を進めました。この間の研究の成果と進捗を共有するために、報告会を開催します。どなたでもご自由にご参加ください。

キーワード: グローバル教育政策市場、教育の輸出、Edu-Port Japan (日本型教育の海外展開)、国際学力調査、リベリア、ガーナ、ベトナム、Qatar-Finland International School

日時: 2019年3月20日(水) 14:40~16:10
場所: 信州大学教育学部 N304教室

報告者: 林 寛平 (信州大学教育学部・准教授、ウプサラ大学教育学部・客員研究員)

日程:

14:40-15:30 報告
  1. これまでの研究とサバティカル期間の研究計画
  2. サバティカルによる成果と進捗
  3. 今後の研究計画

15:30-16:10 質疑応答

申込: どなたでもご自由にご参加ください。

Facebookイベントページ: https://www.facebook.com/events/2039897126087684

※科学研究費補助金「グローバル教育政策市場のインパクトに関する国際比較研究」(若手研究(A) 16H05960)、「国際アセスメントの開発過程における政治的メカニズムの分析」(挑戦的萌芽研究 16K13521)の報告を兼ねています。

2019年1月13日日曜日

研究紹介: 外国人としての「私」と移民教育への課題意識

林寛平「解題:スウェーデンにおける外国人児童生徒の教育課題」, 近藤孝弘・中矢礼美・西野節男(編)『リーディングス 比較教育学 地域研究 多様性の教育学へ』(東信堂, 2018)


 本稿は日本比較教育学会第50 回大会の課題研究「外国人児童生徒の教育課題―日欧比較―」における報告をベースに起稿したもので、スウェーデンの寛容な移民政策の歴史的背景とそれを実現する制度と実践を理解し、課題を整理することを目指した。集団移民時代の経験、労働移民受け入れの条件、社会民主主義イデオロギーの3 点から歴史的展開を検討した(本文詳細はこちら)。外国人児童生徒の学習権保障の実践としては、母語教育、母語による学習ガイダンス、第二言語としてのスウェーデン語教育の各施策の法的根拠と実施状況を述べた。そのうえで、外国人児童生徒が直面する教育課題として、学力格差、スクール・セグリゲーションの進展、学校と家庭におけるアイデンティティの齟齬の3 点を指摘した。2016 年に出版された園山大祐( 編)『岐路に立つ移民教育―社会的包摂への挑戦』( ナカニシヤ出版) では、写真等を用いて加筆している(紹介文はこちら)。これらは多国間比較の一部として執筆したため、客観的な説明に偏っている面がある。そのため、この解題では生活者視点で補足することで、立体的な理解の一助としたい。

 本稿の課題意識の源流にはスウェーデンに2 度留学し、外国人として暮らした私的経験がある。特に「移民のためのスウェーデン語(Sfi)」を受講し、同級生を通じて移民の生活を垣間見たことは大きかった。印象に残っているのは、各自がテーマを決めて発表する課題で、中東からきた青年が行った報告のストーリーだ。彼は「誰にも話したことがないけど、みんなはもう家族だから」と前置きして、スウェーデンにたどり着くまでのいきさつを発表した。

 彼は地方の大家族の出だった。戦禍が町に迫ったある晩、家族が対応を話し合った。金を用意すればブローカーがトルコに渡る手配をするという話だった。家族は自宅や自動車を売り、借金をして、ようやく一人分の金を工面した。そして、彼が代表してトルコに渡り、スウェーデンに着いたら家族を呼び寄せる計画を立てた。一度目は舟をこぎ出してすぐに拿捕され、一瞬にして失敗した。家族は財産のすべてを失った。その後、彼はあらゆる手段で金を集めた。そうして、警備が手薄になる冬の夜を狙って再び脱出を試みた。小さなボートには息苦しい程に人が乗り、船は沈みかけていた。岸を離れて少し経った頃、船は何者かに銃撃を受けた。水面は赤く染まり、ほとんどの人が助からなかった。彼は暗闇を必死で泳ぎ続け、明るくなる頃に漁船に引き上げられた。その後、スウェーデンに庇護を求め、母国の家族に連絡を取ろうとしたところ、全員が虐殺されたことを知った。

 受講生は涙ながらに聞いた。同級生のひとり一人が、言い知れない苦労を背負っていた。

 寛容な政策をとる国とは言っても、移民を取り巻く環境は厳しい。差別的な扱いは日常的で、お前の国ではない、住まわせてやっているんだから文句を言うな、嫌なら出ていけ、というメッセージが投げつけられる。在留者証の携帯が義務付けられているが、その発行には顔写真と指紋の登録が必要で、まるで犯罪者扱いだ。母国で高学歴だった人も、就職の書類を送ったところで一切返事が戻ってこない。スウェーデン人らしい偽名を使って送るとすぐに連絡が来るが、面接に通ることはほとんどない。移民の子どもも苦労している。学校では移民が徒党を組んでいて、入学するとすぐに上級生から声をかけられる。お前はあっち(スウェーデン人側)か、こっち(移民側)かと迫られ、緩急をつけて脅され、仲間に入らざるを得なくなる。スウェーデン人からは排除され、教職員には嫌疑をかけられる。同級生のバカンスや乗馬のレッスンの話を聞きながら、誰もいない家に帰った後の食事の心配をする。個人主義と社会主義が同居するこの国では、寒暖の差が身に染みる。

 寛容な政策には、経済的理由や人道主義、贖罪の意識、国家の虚栄心、地政学的なバランスなど、様々な動機があるだろう。教育現場では在留資格を持たない「ペーパーレス」の子どもや、単身で難民してくる子どもの対応が課題となっているが、政策や制度(建前)と生活実態(本音)とのギャップ解消に目途は立たない。そのことが極右政党の政治的資源になっている。スウェーデンが正解を教えてくれるわけではない。この国の歴史や制度、実践を理解したうえで、互いの経験から学び合うことが大切だと思う。(「解題」より)


書誌情報 (amazon.co.jp)
 書名: リーディングス比較教育学 地域研究 多様性の教育学へ
 出版日: 平成30(2018)年6月28日
 出版社: 東信堂
 編者: 近藤孝弘・中矢礼美・西野節男

2017年12月8日金曜日

研究紹介: やりたいこと”がない人はなぜ肩身の狭い思いをするのか(卒業研究)

研究紹介

森下結衣『就職活動における志望動機の社会的機能
―企業と学生の”やりたいこと”理解に着目して―』(卒業論文)


林 寛平(信州大学)

 長い就職氷河期を経て、近年は大卒の就職率も改善してきた。しかし、就職活動の早期化・長期化に伴う学業への悪影響や新卒社員の高い離職率が問題となり、企業と学生との間のミスマッチが顕在化している。新卒社員の離職に関しては、世代論による若者批判が根強くある一方で、「やる気搾取」(阿部2006)のような企業倫理や社会制度に対する批判も見られる。また、企業側は「産業構造や社会の変化に主体的に対応し、生涯現役で活躍できる人材の育成」(経済団体連合会2016)を求めているのに対して、経済協力開発機構(OECD)の成人力調査(PIAAC)では、日本の成人はオーバースペックで、高い能力を生かせるような仕事が不足している可能性があり、産業構造の転換が課題として指摘されている(松下2013)。
 「人物重視」と言われ、企業はエントリーシートや面接で学生に「やりたいこと」(志望動機等を含む)を尋ね、学生の個性や特徴を把握しようと試みる。一方で、学生たちは似通ったリクルートスーツを身にまとい、髪型を就職活動用に整え、一様な受け答えを練習する。公益財団法人日本生産性本部の調査によると、「じぶんには仕事を通じてかなえたい「夢」がある」かとの問いに対して、肯定的に回答した新入社員の割合は2009年の72.9%をピークに、2015年には58.9%にまで急減している(生産性労働情報センター2015)。本研究はこのような企業と学生の思惑の違いに着目し、「やりたいこと」を問うことが社会的にどのような機能を果たしているのか明らかにするために、関連資料の分析と採用者および被採用者へのインタビュー調査を行った。

45%以上の企業が「やりたいこと」を尋ねている

 まず、就職活動中に企業が学生の「やりたいこと」をどの程度知りたがっているのかを調べるために、東京証券取引所に上場している代表的な企業(日程225)のうち、108社のエントリーシートを入手した。このうち49社(約45%)の企業が「志望動機」を記入する欄を設けていた。例えば、「生保業界を選んだ理由と、その中で当社を選んだ理由を記載してください」(第一生命保険株式会社)「実現の場としてHondaを志望する理由を記入してください」(本田技研工業)「あなたがキッコーマンに入社して、「やりたい仕事」を具体的に教えてください」(キッコーマン)といったような設問が見られた。ここでは、「やりたいこと」の内容が評価されるのか、あるいは「やりたいこと」があることをうまくアピールできることが評価されるのかは明確ではない。そこで、企業の人事担当者3人と就職活動を経験した社会人3人にインタビューを行った。

企業の人事担当者へのインタビューから

 エントリーシートの分析から、第二次産業に属する企業は志望動機を尋ねる割合が特に多かったことから、第二次産業2社の人事担当者にインタビューを行った。「今の就活のシステム的にも、聞いても意味がないと思っているのでどうでもいい。『志望動機』の記述において優劣などはない。また、大して求めていないのに、『志望動機』を書くという負荷が大きすぎるということが問題だと思う」という率直な意見もあった。一方で、企業が「志望動機」を尋ねる動機としては、以下の2点挙げられた。第一に、会社を知ったきっかけや応募に至った理由を知りたいという動機、第二に、入社する意思の確認である。これらは、オンラインでエントリーできるようになり、学生は多数の企業の中から応募先を選び、企業は膨大の応募の中から意志ある応募者を選ぶという仕組みによって生じているコストだといえよう。

就職活動経験者へのインタビューから

 10社に応募し、そのうち1社から内定を得たXさんは、「やりたいことがなかったとしても、会社のホームページを見て一番やりたいことを書いた」と述べ、企業が「志望動機」を問う動機を「お約束事だと思う」と形式的なやり取りだと考えていた。「集団面接でも皆言葉は異なっても、大学で培ったものを生かして御社に貢献したいといっているだけだった。また、企業も『志望動機』問い詰めてくることはなかった。『志望動機』は型を作って企業のホームページを見てカメレオンのように色を変えれば作成できるものでしかなかった」と述べている。
 一方、5社に応募し、そのうち3社から内定を得たYさんは、「『わたしはこんな人間です』ということが伝わるように書いた。決まりきった定型文は書かないで、素直に正直に書いた」と述べている。
 また、40社に応募し、そのうち2社から内定を得たZさんは、「やりたいことなんてみんなないだろうけど、どれだけ会社の意向や方針に沿ってやりたいことを言えるのかというところを見ていると思う」と述べている。

 以上の文献調査とインタビューから、森下は以下3つの考察を行った。

考察1 社会で求める”やりたいこと”と個人の”やりたいこと”は違う

 社会では”やりたいこと”を問われる機会が多くあり、たびたび”やりたいこと”の表出が求められる。しかし、就職活動の場面では、暗黙のうちにやるべきことと”やりたいこと”の整合が求められる。企業の期待と就活生の希望の間にはギャップがあり、その調整が一方的に就活生に押し付けられている。

考察2 “やりたいこと”を表明する場面には権力関係がある

社会(企業)と個人(就活生)の間の”やりたいこと”の不一致を柔軟に調整できるという素質は、規律権力に従順であることの現れでもある。重田(2016)が指摘するように、規律権力は「人間が潜在的に持つ力を最大限に引き出そうとするのだが、それと同時に従順さと制御しやすさを高めるという特徴を持」ち、そのような特徴を持った人間は「身体の細部に至るまで生産性を高める訓練を受け、その意味では高い能力を身に着ける。だがそれと同時に、命令への服従、秩序への半ば無思考の従属を受け入れている」。
 子どもが大人に対して「将来の夢」や”やりたいこと”尋ねたら、違和感を覚えるだろう。これは単に大人がすでに自己実現をしていたり、余命が短いために選択可能性が乏かったりということに起因するだけではなく、”やりたいこと”を表面する場面には権力関係が生じているということを示している。企業が学生に、社会が人々に、規律権力に適応できるかどうかを見分ける術として、”やりたいこと”を問うているのではないか。

考察3 相互承認のための”やりたいこと”

学生Yはインタビューの中で、代替のきかない自分らしさを述べることで、自分はこの会社に適していることを示し、それに対して会社に「そんなあなたが欲しい」と言わせることで学生はそこから安心感を得ていると答えている。一方で企業もやりたいことを問い、「御社でどうしても働きたい」という気持ちを受け取ることで安心感を得ている。このような相互承認の関係を作ることで、お互いに価値を与え、マッチングが合理的に行われているという虚構を補強しているのではないか。

“やりたいこと”がない人はなぜ肩身の狭い思いをするのか

 森下は「総合考察」として、”やりたいこと”のない人はなぜ肩身の狭い思いをするのか、という問いに自分なりの回答を用意している。
 “やりたいこと”の有無が議論として成り立つには、”やりたいこと”のある人とない人の存在が必要になる。全員が当然に”やりたいこと”を持っているとしたら、そもそも”やりたいこと”を持つことに価値が置かれない。また、”やりたいこと”のある人であふれている社会を理想として据えても、原理的に成立し得ない。現実には、”やりたいこと”のある人ない人もどちらもいるからこそ、社会はまわっているのである。
 インタビュー調査の結果からも明らかになったように、”やりたいこと”のないという人は存在し、そのような人々は自身を否定的に捉えている。社会に、親に、先生に「自分のやりたいことをやりなさい」と言われるが、就活場面で”やりたいこと”を器用に表出できる人は、経済的な価値があると考えられている。
 しかし、就活生がかりそめの”やりたいこと”を表明し、企業もその意図を了解しながら受容しているとすると、”やりたいこと”がない人が肩身の狭い思いをしているのは”やりたいことがない”ためではなく、企業が期待するような”やりたいこと”を供出できないために、社会との間での相互承認関係が結べず、そのことによって不安が残ってしまうためではないか、と考察した。

  • 阿部真大(2006)『搾取される若者たち―バイク便ライダーは見た!』集英社
  • 松下佳代(2013) NHKニュース「大人の学力の調査で日本首位」(2013年10月8日)
  • 一般財団法人日本経済団体連合会(2016)『今後の教育改革に関する基本的考え方―第3期教育振興基本計画の策定に向けて―』
  • 生産性労働情報センター(編)(2015)『平成27年度新入社員「働くことの意識」調査』
  • 重田園江(2011)『ミシェル・フーコー―近代を裏から読む』ちくま新書
  • 村上龍、はまのゆか(2003)『13歳のハローワーク』幻冬舎
  • 久木元真吾(2003)「『やりたいこと』という論理:フリーターの語りとその意図せざる帰結」社会学研究会(編)『ソシオロジ48』潮人社
  • 鵜飼洋一郎(2007)「企業が煽る『やりたいこと』-就職活動における自己分析の検討から」大阪大学人間科学部社会学・人間学・人類学研究室(編)『年報人間科学28』
  • 太郎丸博、吉田宗(2007)「若者の求職期間と意識の関係-『やりたいこと』は内定率に影響するか」 数理社会学会(編)『理論と方法22』
  • 妹尾麻美(2013)「新規大卒就職活動において「やりたいこと」は内定取得に必要か?」社会学研究会(編)『ソシオロジ59』潮人社
  • 溝上慎一(2004)『現代大学生論 ユニバーシティ・ブルーの風に揺れる』NHKブックス
  • 文部科学省(2011)『小学校キャリア教育の手引き』
  • ジグムント・バウマン(著),酒井邦秀(訳)(2014)『リキッド・モダニティを読みとく 液状化した現代社会からの44通の手紙』ちくま学芸文庫


2017年10月17日火曜日

研究紹介: 学校選択制による「平等を目指す競争」の分析

林寛平「スウェーデンにおける学校選択制による学校間成績差抑制モデルの分析-ナッカ市におけるSALSAを活用した予算配分を事例に-」, 日本教育行政学会(編)『教育行政学研究と教育行政改革の軌跡と展望』, 2016, pp.174-179.


本文は機関リポジトリからダウンロードできます。

キーワード:学校選択制、教育費バウチャー制、脱集権化改革、平等を目指す競争

 かつて高度に集権化された福祉国家のモデルとみられていたスウェーデンは、1980年代以降の改革を経て脱集権化した国に様変わりした。教育における脱集権化は、学校の自律性を高めることで現場の能力が増し、学習の質が向上するという期待によって推進され(Zajda 2006)、とりわけ規則、財政、権限の側面に大きな変化が見られた(Pierre 2010)。一方、改革の動機には行政運営の効率化もあり、公的部門の民営化と支出削減が並行して進められた (Montin 1992)。この過程において、義務教育費が1990年に国からコミューン(基礎自治体)に移譲され、1992年には学校選択制が導入された。

 これらの改革は教育の「市場化」として分析されることが多い (Björklund et al. 2005)。「市場化」は競争と淘汰を前提とするため、格差拡大と質の低下が危惧されている(Bunar & Sernhede 2013)。学校教育庁の分析でも学校間成績差の拡大が明らかになっている(Skolverket 2012)。一方、国際調査では相対的に平等で公正な教育制度を有すると評価されている(OECD 2015)。また、Kallstenius(2010)は学校選択制により移民生徒がいわゆる「中流スウェーデン人」の集住地区に越境通学することで、学校が多文化になり、統合が促進される面もあると指摘している。現状では、学校選択制が成績差や分離に与える影響についてはコンセンサスが得られていない。

 本稿では、「市場化」の中で競争原理を用いながら平等を促進するナッカ市(Nacka kommun)の事例を検討する。ナッカ市の教育費配分方式は学校選択制を用いて学校間の成績差を抑制するモデルである。市は予算配分を生徒の社会的背景に応じて重みづけすることで、学校の生徒獲得行動を統制している。この安定化効果を通じて「平等を目指す競争」が生じることを期待している。本研究は、2006年から2015年にかけて学校教育庁、学校監査庁、地方自治体組合、ナッカ市、ナッカ市立基礎学校で行った聞き取り調査とナッカ市議会の議事資料に基づいている。

研究紹介: 教育政策のグローバル化とヘゲモニー

林寛平「グローバル教育政策市場を通じた『教育のヘゲモニー』の形成―教育研究所の対外戦略をめぐる構造的問題の分析―」, 日本教育行政学会(編)『日本教育行政学会年報42 教育財政をめぐる問題群』, 2016, pp.147-163, 303-304.


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キーワード: グローバル教育政策市場、教育政策コンサルティング、大規模国際アセスメント、国立教育研究所、教育のヘゲモニー

 グローバル化によって、国境を越えて教育政策が売買され、その市場に国家がアクターとして参入している。本研究は、グローバル教育政策市場の実態に対する構造的な問題を指摘することを目的とする。

 新自由主義的改革を批判する研究者たちは、グローバル化を国民国家の後退と捉えてきた。しかし、一連の変化は国家の後退を招いただけではなく、国家に新しい立場を与え、逆に役割の拡大をもたらしている面もある。Ball(2012)は民間セクターが教育分野に参入したことで政治過程と政治コミュニティの様態が変化し、ネットワークガバナンスの新しい形が組成したと指摘し、これらを広く「グローバルな教育政策」と呼んでいる(Rizvi & Lingard, 2010参照)。本稿では、「グローバルな教育政策」が教員研修の請負やコンサルティング事業等を通じて流通する「グローバル教育政策市場」に先進国の政府系教育研究機関がアクターとして積極的に参入していることを指摘する。

 国家の国際市場での具体的な活動を検討するために、4ヵ国の教育研究所の事例を取り上げる。オーストラリア教育研究所(ACER)、オランダ政府教育評価機構(Cito)、ドイツ国際教育研究所(DIPF)は大規模アセスメントに強みを持ち、国際市場の先導役を担っており、PISAの運営でも中心的な役割を担っている。PISAで高得点を挙げたシンガポールでは、国立教育研究所(NIE)とその民間部門のNIE International Pte. Ltd(NIEI)が中央政府との緊密な連携の下で教育コンサルティングを行っている。

 4ヵ国の事例から、「グローバル教育政策市場」が勃興している実態が明らかになった。輸出国側と輸入国側の関係を見ると、学力の優位な国が教育政策上のノウハウを提供する見返りとして、経済的に不利な国に対価を要求する構造になっており、教育成果と経済資源の交換が行われている。この交換は、一面では、市場メカニズムに従うことで、諸アクター間が需給関係に基づく合理的な選択を行い、合意形成がなされることが期待される。しかし、輸入国の多くはOECD非加盟国であることからPISA Governing Boardに参加しておらず、アセスメントの枠組み作りやコンピテンシーの選択と定義、教育成果の価値付け等に影響を与えることができない。すなわち、教育成果が輸出国側によって一方的に値付けされており、需給調整のルールが不公正な状態になっている。これによって、すでに有利な立場にある国の優位がさらに固定的になる恐れがある。

 この非対称な関係は、Gramsci(1975)が指摘する「ヘゲモニー」の一形態といえる。さらに、先進国から途上国への国際的なコンサルティングサービスの提供を通じて、「教育におけるヘゲモニー」が生じている。



Kampei HAYASHI, ‘Educational Hegemony’ in the Global Education Policy Market -An Analysis of the Outbound Strategy Adopted by Four National Education Research Institutes, Bulletin of the Japan Educational Administration Society, No. 42, 2016, pp.147-163, 303-304.


Key Words: Global Education Policy Market, Education Policy Consulting, Large-scale International Assessment, Government-affiliated Educational Research Institutes, Educational Hegemony

The current scenario in the educational field has seen major changes impacted by globalization in which educational policies are bought and sold across national borders with nation states joining this market as actors. The purpose of this study is to point out the structural problems inherent in the reality of the global education policy market. 

Researchers who criticize neoliberal reform consider globalization as a back down of nation states. However, changes through globalization have brought forth a new position for nation states in which they have partly expanded their functions. Ball (2012) points out that ever since the private sector made its foray in the educational field, the mode of political processes and community has changed, and a new form of ‘network governance’ has emerged. He termed this as the ‘global education policy’ (see also Rizvi & Lingard, 2010). The focus of this research is on the government-affiliated educational research institutes of developed countries that are active participants in this ‘global education policy market’ as actors by contracting work in teacher training and consulting. 

Four educational research institutes were chosen to study the concrete activities of the nation state in the international market. The Australian Council for Educational Research (ACER), Central Institute for Test Development (Cito), and the German Institute for International Education Research (DIPF) emerged as the leading institutions that have exploited the international market as per a large-scale assessment, and they play a central role in the operation of PISA. In Singapore, which exhibited a high score in PISA, the National Institute of Education (NIE) and its private arm, NIE International Pte Lte (NIEI), carry out educational consulting in close coordination with the central government. 

Through these four cases, it is apparent that a ‘global education policy market’ is on the rise. The trend of these countries’ activities is considered as a positive contribution on their part in offering their know-how. The relationship between the countries offering the expertise and the countries at a disadvantage is based on the exchange of educational performance and economic resources; countries that have the advantages of educational performance impart their expertise in educational policy while the economically disadvantaged nations pay for this know-how by using their economic resources. This exchange is understood superficially as following the market mechanism. The choice is made by the rational supply-demand relationship and both sides are expected to agree on fair terms. However, most of the countries seeking this expertise in the field of education are non-members of the OECD, and they have no seats on the PISA Governing Board. Therefore, they have no influence on the selection, definition, value setting, and frameworks of the educational performance assessment. The educational performance is unilaterally priced by the countries offering their knowledge in the field and therefore the rules for balancing supply and demand are biased. Hence, this kind of trade can possibly result in the status quo being maintained, wherein the privileged countries continue to be at an advantage and dominate while the disadvantaged remain submissive. 

This asymmetric relationship is a kind of ‘Hegemony’ (Gramsci, 1975). Furthermore, ‘Educational Hegemony’ has come into being through the supply of consulting services from developed countries to developing countries.