林寛平「解題:スウェーデンにおける外国人児童生徒の教育課題」, 近藤孝弘・中矢礼美・西野節男(編)『リーディングス 比較教育学 地域研究 多様性の教育学へ』(東信堂, 2018)
本稿は日本比較教育学会第50 回大会の課題研究「外国人児童生徒の教育課題―日欧比較―」における報告をベースに起稿したもので、スウェーデンの寛容な移民政策の歴史的背景とそれを実現する制度と実践を理解し、課題を整理することを目指した。集団移民時代の経験、労働移民受け入れの条件、社会民主主義イデオロギーの3 点から歴史的展開を検討した(本文詳細はこちら)。外国人児童生徒の学習権保障の実践としては、母語教育、母語による学習ガイダンス、第二言語としてのスウェーデン語教育の各施策の法的根拠と実施状況を述べた。そのうえで、外国人児童生徒が直面する教育課題として、学力格差、スクール・セグリゲーションの進展、学校と家庭におけるアイデンティティの齟齬の3 点を指摘した。2016 年に出版された園山大祐( 編)『岐路に立つ移民教育―社会的包摂への挑戦』( ナカニシヤ出版) では、写真等を用いて加筆している(紹介文はこちら)。これらは多国間比較の一部として執筆したため、客観的な説明に偏っている面がある。そのため、この解題では生活者視点で補足することで、立体的な理解の一助としたい。
本稿の課題意識の源流にはスウェーデンに2 度留学し、外国人として暮らした私的経験がある。特に「移民のためのスウェーデン語(Sfi)」を受講し、同級生を通じて移民の生活を垣間見たことは大きかった。印象に残っているのは、各自がテーマを決めて発表する課題で、中東からきた青年が行った報告のストーリーだ。彼は「誰にも話したことがないけど、みんなはもう家族だから」と前置きして、スウェーデンにたどり着くまでのいきさつを発表した。
彼は地方の大家族の出だった。戦禍が町に迫ったある晩、家族が対応を話し合った。金を用意すればブローカーがトルコに渡る手配をするという話だった。家族は自宅や自動車を売り、借金をして、ようやく一人分の金を工面した。そして、彼が代表してトルコに渡り、スウェーデンに着いたら家族を呼び寄せる計画を立てた。一度目は舟をこぎ出してすぐに拿捕され、一瞬にして失敗した。家族は財産のすべてを失った。その後、彼はあらゆる手段で金を集めた。そうして、警備が手薄になる冬の夜を狙って再び脱出を試みた。小さなボートには息苦しい程に人が乗り、船は沈みかけていた。岸を離れて少し経った頃、船は何者かに銃撃を受けた。水面は赤く染まり、ほとんどの人が助からなかった。彼は暗闇を必死で泳ぎ続け、明るくなる頃に漁船に引き上げられた。その後、スウェーデンに庇護を求め、母国の家族に連絡を取ろうとしたところ、全員が虐殺されたことを知った。
受講生は涙ながらに聞いた。同級生のひとり一人が、言い知れない苦労を背負っていた。
寛容な政策をとる国とは言っても、移民を取り巻く環境は厳しい。差別的な扱いは日常的で、お前の国ではない、住まわせてやっているんだから文句を言うな、嫌なら出ていけ、というメッセージが投げつけられる。在留者証の携帯が義務付けられているが、その発行には顔写真と指紋の登録が必要で、まるで犯罪者扱いだ。母国で高学歴だった人も、就職の書類を送ったところで一切返事が戻ってこない。スウェーデン人らしい偽名を使って送るとすぐに連絡が来るが、面接に通ることはほとんどない。移民の子どもも苦労している。学校では移民が徒党を組んでいて、入学するとすぐに上級生から声をかけられる。お前はあっち(スウェーデン人側)か、こっち(移民側)かと迫られ、緩急をつけて脅され、仲間に入らざるを得なくなる。スウェーデン人からは排除され、教職員には嫌疑をかけられる。同級生のバカンスや乗馬のレッスンの話を聞きながら、誰もいない家に帰った後の食事の心配をする。個人主義と社会主義が同居するこの国では、寒暖の差が身に染みる。
寛容な政策には、経済的理由や人道主義、贖罪の意識、国家の虚栄心、地政学的なバランスなど、様々な動機があるだろう。教育現場では在留資格を持たない「ペーパーレス」の子どもや、単身で難民してくる子どもの対応が課題となっているが、政策や制度(建前)と生活実態(本音)とのギャップ解消に目途は立たない。そのことが極右政党の政治的資源になっている。スウェーデンが正解を教えてくれるわけではない。この国の歴史や制度、実践を理解したうえで、互いの経験から学び合うことが大切だと思う。(「解題」より)
本稿は日本比較教育学会第50 回大会の課題研究「外国人児童生徒の教育課題―日欧比較―」における報告をベースに起稿したもので、スウェーデンの寛容な移民政策の歴史的背景とそれを実現する制度と実践を理解し、課題を整理することを目指した。集団移民時代の経験、労働移民受け入れの条件、社会民主主義イデオロギーの3 点から歴史的展開を検討した(本文詳細はこちら)。外国人児童生徒の学習権保障の実践としては、母語教育、母語による学習ガイダンス、第二言語としてのスウェーデン語教育の各施策の法的根拠と実施状況を述べた。そのうえで、外国人児童生徒が直面する教育課題として、学力格差、スクール・セグリゲーションの進展、学校と家庭におけるアイデンティティの齟齬の3 点を指摘した。2016 年に出版された園山大祐( 編)『岐路に立つ移民教育―社会的包摂への挑戦』( ナカニシヤ出版) では、写真等を用いて加筆している(紹介文はこちら)。これらは多国間比較の一部として執筆したため、客観的な説明に偏っている面がある。そのため、この解題では生活者視点で補足することで、立体的な理解の一助としたい。
本稿の課題意識の源流にはスウェーデンに2 度留学し、外国人として暮らした私的経験がある。特に「移民のためのスウェーデン語(Sfi)」を受講し、同級生を通じて移民の生活を垣間見たことは大きかった。印象に残っているのは、各自がテーマを決めて発表する課題で、中東からきた青年が行った報告のストーリーだ。彼は「誰にも話したことがないけど、みんなはもう家族だから」と前置きして、スウェーデンにたどり着くまでのいきさつを発表した。
書誌情報 (amazon.co.jp)
書名: リーディングス比較教育学 地域研究 多様性の教育学へ
出版日: 平成30(2018)年6月28日
出版社: 東信堂
編者: 近藤孝弘・中矢礼美・西野節男
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