2014年6月30日月曜日

【寄稿】教員は「忙しい」なんて言ってない ―国際教員指導環境調査(TALIS)をどう読むか― (BLOGOS)

BLOGOSに以下の文章を寄稿しました。
http://blogos.com/article/89461/


【寄稿】教員は「忙しい」なんて言ってない ―国際教員指導環境調査(TALIS)をどう読むか―

林寛平(信州大学・教育学部・助教)

経済協力開発機構(OECD)が2013年に実施した国際教員指導環境調査(TALIS)の結果が公表された。この調査は、34か国・地域の中学校に相当する学校の校長と教員を対象とし、各国の2012年度末3か月間にアンケートを行ったものだ。

主要メディアの第一報としては、教員の勤務時間が約54時間と世界で一番長く、「日本の教員は多忙だ」というものだった。しかし、今回の調査で「忙しい」かを尋ねる質問項目は含まれていない。勤務時間が長く、そのうち、課外活動の指導時間が各国との比較で際立って長かったことは事実だが、それを「多忙だ」と解釈するのは危ういと感じる。

調査の目的は政策提言

この調査の目的は、教員と指導に関する国際的な指標を作り、政策に関連した分析をタイムリーかつ費用対効果のある形で提供することだ。そのため、この調査の指標を見るときには以下の3つの視点が重要である。まず、数字を独り歩きさせるのではなく、教員政策あるいは制度との関連の中で分析すること。また、その分析は、教員個人に帰すべきものではなく、政策立案に反映すべきものだということ。加えて、国際指標であることから、他国の制度や政策との比較することに意義があるということだ。

勤務時間が長いことを「多忙だ」と解釈してしまうことは、この問題を教員個人の問題に矮小化してしまう恐れがある。そうすると、「忙しいのは仕事ができないせいだ」「忙しいなら部活の指導をやめればいいじゃないか」「先生方は人がいいから次々と仕事を抱え込む」といったことが議論の焦点になってしまい、TALIS本来の目的に則わない。必要なのは、勤務時間が長いことの制度的な背景を探り、政策的な対応を検討することである。

勤務時間が長い国は合法的かつ財政負担なく働かせる制度がある


表1.教員の労働時間
 
表1に、今回調査で明らかになった各国の教員の勤務時間を長い順に並べた。日本の公立学校の管理職以外の教員には、給与の4%分の教職調整額が一律に支給されている。 この措置があるため、労働基準法第37条の時間外労働における割増賃金の規定が適応されず、時間外勤務と休日勤務に対する手当は支給されていない。つまり、いくら残業しても給与は変わらず、国や自治体にとって追加のコストがかからない仕組みになっている。ちなみに、教職調整額の4%という支給率は昭和41年の「教職員の勤務状況調査」の残業時間の長さ(約8時間)を基準に設定されたが、その後勤務時間が増加している(平成18年調査で約35時間)にもかかわらず、見直しはされていない。

日本に次いで長時間勤務となっているアルバータ(カナダ)では、法定勤務時間が週44時間以内と定められているが、労使間の合意があれば労働者は1日12時間まで働くことができる。 教員の労働条件については、学区ごとに労使間で協約が結ばれている。 本来、法定労働時間を超えた分については平時の1.5倍の時間外手当を支給することになっているが、多くの場合、教員の個人的な貢献として扱われ、手当は支給されない。

勤務時間が三番目に長いシンガポールでは、雇用法第38条の規定に則り、教員の勤務時間は週44時間以内、時間外勤務は1か月あたり72時間以内という規制がある。6つまり、週当たり最大62時間までは合法的に働けることになる。雇用法には、時間外手当は平時の時給の1.5倍以上にすべきことが規定されているが 、教員に時間外手当が支払われることはほとんどないといわれる。

イングランドの一般教員の勤務条件は、年間勤務日数を195日、校長の具体的な指示を受けて働く時間を年1265時間と定められている。ただし、この時間内に仕事が片付くことはまれで、1265時間を超えることが通常であるという。また、時間外手当に関する規定はなく、勤務時間や労働条件については個々の教員と学校間で協議することになっている。

アメリカの教員は連邦法で時間外手当規則の適応対象外とされている。勤務時間は学区と教員組合との協約で定められているが、基本的に時間外手当が支払われることはない。

表1では、EU加盟国に青色の背景をつけてある。EUでは1週間の労働時間の上限を48時間(時間外労働を含む)に制限している ことから、TALIS参加国も法的に許容された時間内に収まっている。なお、EU加盟国で勤務時間が最長のポルトガルは、時間外手当の割増率が50%とEU加盟国の中で最低となっている。

以上のことから、今回調査で勤務時間が長いとされた国の教員は、いずれも合法的に長時間労働をしていて、時間外勤務に対する財政負担がないという特徴が共通している。一方で、EUに加盟している各国では、長時間勤務に対する規制が有効に機能しているようだ。日本の教員の勤務時間を政策的に減らそうとするなら、教員を「働かせない」制度を作る必要がある。しかし、仕事の負担を減らさずに勤務時間を制限することになれば、教員のさらなる「多忙化」を招くかもしれない。

教職への満足度は他の職業との比較で理解すべき

今回の調査でもう一点議論を呼びそうなのが、「もう一度仕事を選べるとしたら、また教員になりたい」かを尋ねる質問に対し、肯定的に答えた教員の割合が日本は参加国中2番目に低く、58.1%に留まったという点である。参加国平均の77.6%に比べて著しく低い数値である。また、「全体としてみれば、この仕事に満足している」という質問に対しても、イングランドに次いで85.1%という低さだった(参加国平均91.2%)。このことから、学校現場の過酷な労働環境が浮かびあがる、と各メディアは報じている。しかし、「この仕事に満足している」と答えた85.5%と言う数字はそれほど低いものだろうか。むしろ、参加国平均の91.2%という高い満足度の方が驚異的であり、世界的に教員が魅力ある職業であることを示しているように思う。

また、これらの質問の前後には、「教員であることは、悪いことより、良いことの方が明らかに多い」(参加国平均77.4%、日本74.4%)、「教員になったことを後悔している」(参加国平均9.5%、日本7.0%)、「他の職業を選択した方が良かったのではないかと思っている」(参加国平均31.6%、日本23.3%)という項目がある。いずれも、日本の教員の回答は参加国平均に比べて同程度か、教職を選択したことを肯定するものであり、必ずしも教職に不満があるとは言い切れない結果となっている。

これらの質問項目では、教員の仕事への満足度が高いことよりも、その度合いが他の職業よりも優位であることが重要である。OECDが国際調査をする背景には、各国における教員不足と人材不足がある。諸外国では、教員は尊敬され、安定して、社会的地位のある職業とは限らない。教員になるにあたって特別な教育を受ける必要がない国も多く、移民も含め誰でも教員になれる場合もある。そのため、各国では優秀な人材をいかに教職にリクルートするかが課題となっている。 日本の結果を見る限り、過半数の教員は自身の仕事に満足しているし、大多数の教員にとって他の職業との比較では教職の魅力が勝っている。だとすれば、教職が過酷だとことさらに強調するよりも、教員が日常の仕事の中で感じているやりがいや魅力を上手に発信する方が有効ではなかろうか。

勤務時間と満足度に相関は見られない

日本の教員の満足度を理解するにあたって興味深いのは、勤務時間と満足度に相関は見られないということである。 満足度と正の相関があるのは、「他の教員の授業を見学し、感想を述べる」ことを年に5回以上していると答えた教員 や「現在、自分を支援してくれる組織内指導者(メンター)がいる」と答えた教員である 。一方で、自分がメンターを務めたり、「学校の公式の取組である組織内指導(メンタリング)や同僚の観察・助言、コーチング活動」に参加したりすることと仕事の満足度は相関がない。これらの指標からは、学校内でのインフォーマルな学び合いに参加している教員ほど仕事に対する満足度が高いことが推察される。つまり、TALISが示唆するところでは、教員の満足度を高めるには、勤務時間の増減よりも、学校現場におけるインフォーマルな学びを促進するような政策の方が筋が良いということになる。

広域人事のメリットを活かす政策を

TALISでは、経験のある教員がどういった学校に配置されているのかについても調べている。日本については、5年以上の教職経験のある教員が比較的課題の少ない学校に配置されている傾向が明らかになった。 裏を返せば、家庭の社会経済的背景が不利な生徒や特別なニーズを持つ生徒の割合が多い学校には、若く経験の少ない教員が多く配置されているということになる。こういった課題の多い学校で働く教員は、仕事の満足度が低い傾向にある。

日本では、教員の採用や配置を都道府県や政令指定都市が担当しており、広域人事を行っているまれな国である。多くの国では、教員人事を学校長や学区といった比較的小さなまとまりで行っている。学校長が人事権を持つ場合、教員になりたい人はそれぞれの学校に直接面接に出かけることになる。裕福な家庭が多く、落ち着いた地域は人気が高く、離職率も低くなることから、競争力が高くなり、優秀な人材を確保できる。一方で、地方や荒れた地域の学校では、志望者を確保できなかったり、できたとしても、他の学校に就職できない人や、若くて職歴のない人たちだったりする。そうして、厳しい環境の学校はさらに厳しい環境に追い込まれていく。広域人事のメリットは、こういった弊害を平準化できることにある。しかし、TALISの上述の結果を見る限り、日本はそのメリットを十分に活かせていないようだ。

日本では、団塊世代の大量退職と新規教員の大量採用に加えて、30~40歳代の教員層の空洞化が進んでいる。多くの学校では4~5割が50歳代の教員構成となるなど、極端な中堅不足と年齢構成のいびつさが問題となっている。 若い教員が課題の多い学校に配置され、年の近い同僚も少ないという環境があるとすれば、仕事の満足度は得られないだろう。若手教員の離職率上昇という問題を考えるとき、この指標がある程度の示唆を提供してくれるように思う。

意識調査の利点を活かす

今回のTALISは意識調査であり、公的な統計等を用いた調査ではない。意識調査の強みは、当事者が「どう感じているか」知ることができ、統計等と組み合わせることによって状況を立体的に解釈できる点にある。教員の勤務実態 や各国の教員政策についてはすでに多くの調査や研究が蓄積されているので、複数の指標を見比べて理解することが重要になる。

ただし、TALISでは指導とその効果を関連付ける質問は行っていない。そのため、TALISの指標とPISA等の指標とを関連付けて分析する際、相関関係は指摘できたとしても、因果関係は証明できないという点に留意する必要がある。

TALISは2008年から行われ、今回が2回目の調査になる。日本は今回初めて参加したが、今後も繰り返し調査が行われるのであれば、経年での政策評価が可能になるだろう。これにより、優秀な人材を教職に誘い、教育の質が高まるような政策・制度の検討が進むことを期待したい。


1.「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法
2.文部科学省「教職調整額の見直しについて(案)
3.Alberta, Jobs, Skills, Training and Labour, “Standards and Definitions ”.
4.The Alberta Teachers’ Association, “Collective Agreements”.
5.The Alberta Teachers’ Association, “Hours of Instruction”.
6.Singapore, “Employment Act (Chapter 91)”.
7.諸外国教員給与研究会『諸外国の教員給与に関する調査研究 報告書』(平成18年度文部科学省委託調査研究)、2007。
8.Department for Education, England, “School Teachers’ Pay and Conditions Document 2013 and Guidance on School Teachers’ Pay and Conditions”, 2013.
9.諸外国教員給与研究会、2007。
10.欧州連合「労働時間の編成の一定の側面に関する欧州会議及び閣僚理事会の指令(2003/88/EC)」(日本語での説明はhttp://eumag.jp/question/f1113/#note01)
11.Béla Galgóczi and Vera Glassner, ”Comparative study of teachers’ pay in Europe”, EI/ETUCE joint research project, ETUI-REHS Research Department, pp.13-14.
12.OECD, “.TALIS 2013 Result, An International Perspective on Teaching and Learning”, 2014, pp.407-408.
13.たとえばEUでは他の職業と教員給与の国際比較を行っている。Ulf Fredriksson, “Teachers’ salaries in comparison with other occupational groups”, JRC Scientific and Technical Reports, 2008.
14.OECD, 2014, p.423.
15.OECD, 2014, p.425.
16.OECD, 2014, p.419.
17.OECD, 2014, p.41.
18.OECD, 2014, p.416.
19.末松裕基「シンガポールにおけるスクールリーダーシップ開発の動向」、『東京学芸大学紀要 総合教育科学系Ⅰ 65』、2014、53-64頁、中央教育審議会・教員の資質能力向上特別部会「教職生活の全体を通じた教員の資質能力の総合的な向上方策について(審議経過報告)
20.たとえば、国立大学法人東京大学『教員勤務実態調査(小・中学校)報告書』(平成18年度文部科学省委託調査研究報告書)、2007。