森下結衣『就職活動における志望動機の社会的機能
―企業と学生の”やりたいこと”理解に着目して―』(卒業論文)
林 寛平(信州大学)
長い就職氷河期を経て、近年は大卒の就職率も改善してきた。しかし、就職活動の早期化・長期化に伴う学業への悪影響や新卒社員の高い離職率が問題となり、企業と学生との間のミスマッチが顕在化している。新卒社員の離職に関しては、世代論による若者批判が根強くある一方で、「やる気搾取」(阿部2006)のような企業倫理や社会制度に対する批判も見られる。また、企業側は「産業構造や社会の変化に主体的に対応し、生涯現役で活躍できる人材の育成」(経済団体連合会2016)を求めているのに対して、経済協力開発機構(OECD)の成人力調査(PIAAC)では、日本の成人はオーバースペックで、高い能力を生かせるような仕事が不足している可能性があり、産業構造の転換が課題として指摘されている(松下2013)。
「人物重視」と言われ、企業はエントリーシートや面接で学生に「やりたいこと」(志望動機等を含む)を尋ね、学生の個性や特徴を把握しようと試みる。一方で、学生たちは似通ったリクルートスーツを身にまとい、髪型を就職活動用に整え、一様な受け答えを練習する。公益財団法人日本生産性本部の調査によると、「じぶんには仕事を通じてかなえたい「夢」がある」かとの問いに対して、肯定的に回答した新入社員の割合は2009年の72.9%をピークに、2015年には58.9%にまで急減している(生産性労働情報センター2015)。本研究はこのような企業と学生の思惑の違いに着目し、「やりたいこと」を問うことが社会的にどのような機能を果たしているのか明らかにするために、関連資料の分析と採用者および被採用者へのインタビュー調査を行った。
45%以上の企業が「やりたいこと」を尋ねている
まず、就職活動中に企業が学生の「やりたいこと」をどの程度知りたがっているのかを調べるために、東京証券取引所に上場している代表的な企業(日程225)のうち、108社のエントリーシートを入手した。このうち49社(約45%)の企業が「志望動機」を記入する欄を設けていた。例えば、「生保業界を選んだ理由と、その中で当社を選んだ理由を記載してください」(第一生命保険株式会社)「実現の場としてHondaを志望する理由を記入してください」(本田技研工業)「あなたがキッコーマンに入社して、「やりたい仕事」を具体的に教えてください」(キッコーマン)といったような設問が見られた。ここでは、「やりたいこと」の内容が評価されるのか、あるいは「やりたいこと」があることをうまくアピールできることが評価されるのかは明確ではない。そこで、企業の人事担当者3人と就職活動を経験した社会人3人にインタビューを行った。
企業の人事担当者へのインタビューから
エントリーシートの分析から、第二次産業に属する企業は志望動機を尋ねる割合が特に多かったことから、第二次産業2社の人事担当者にインタビューを行った。「今の就活のシステム的にも、聞いても意味がないと思っているのでどうでもいい。『志望動機』の記述において優劣などはない。また、大して求めていないのに、『志望動機』を書くという負荷が大きすぎるということが問題だと思う」という率直な意見もあった。一方で、企業が「志望動機」を尋ねる動機としては、以下の2点挙げられた。第一に、会社を知ったきっかけや応募に至った理由を知りたいという動機、第二に、入社する意思の確認である。これらは、オンラインでエントリーできるようになり、学生は多数の企業の中から応募先を選び、企業は膨大の応募の中から意志ある応募者を選ぶという仕組みによって生じているコストだといえよう。
就職活動経験者へのインタビューから
10社に応募し、そのうち1社から内定を得たXさんは、「やりたいことがなかったとしても、会社のホームページを見て一番やりたいことを書いた」と述べ、企業が「志望動機」を問う動機を「お約束事だと思う」と形式的なやり取りだと考えていた。「集団面接でも皆言葉は異なっても、大学で培ったものを生かして御社に貢献したいといっているだけだった。また、企業も『志望動機』問い詰めてくることはなかった。『志望動機』は型を作って企業のホームページを見てカメレオンのように色を変えれば作成できるものでしかなかった」と述べている。
一方、5社に応募し、そのうち3社から内定を得たYさんは、「『わたしはこんな人間です』ということが伝わるように書いた。決まりきった定型文は書かないで、素直に正直に書いた」と述べている。
また、40社に応募し、そのうち2社から内定を得たZさんは、「やりたいことなんてみんなないだろうけど、どれだけ会社の意向や方針に沿ってやりたいことを言えるのかというところを見ていると思う」と述べている。
以上の文献調査とインタビューから、森下は以下3つの考察を行った。
考察1 社会で求める”やりたいこと”と個人の”やりたいこと”は違う
社会では”やりたいこと”を問われる機会が多くあり、たびたび”やりたいこと”の表出が求められる。しかし、就職活動の場面では、暗黙のうちにやるべきことと”やりたいこと”の整合が求められる。企業の期待と就活生の希望の間にはギャップがあり、その調整が一方的に就活生に押し付けられている。
考察2 “やりたいこと”を表明する場面には権力関係がある
社会(企業)と個人(就活生)の間の”やりたいこと”の不一致を柔軟に調整できるという素質は、規律権力に従順であることの現れでもある。重田(2016)が指摘するように、規律権力は「人間が潜在的に持つ力を最大限に引き出そうとするのだが、それと同時に従順さと制御しやすさを高めるという特徴を持」ち、そのような特徴を持った人間は「身体の細部に至るまで生産性を高める訓練を受け、その意味では高い能力を身に着ける。だがそれと同時に、命令への服従、秩序への半ば無思考の従属を受け入れている」。子どもが大人に対して「将来の夢」や”やりたいこと”尋ねたら、違和感を覚えるだろう。これは単に大人がすでに自己実現をしていたり、余命が短いために選択可能性が乏かったりということに起因するだけではなく、”やりたいこと”を表面する場面には権力関係が生じているということを示している。企業が学生に、社会が人々に、規律権力に適応できるかどうかを見分ける術として、”やりたいこと”を問うているのではないか。
考察3 相互承認のための”やりたいこと”
学生Yはインタビューの中で、代替のきかない自分らしさを述べることで、自分はこの会社に適していることを示し、それに対して会社に「そんなあなたが欲しい」と言わせることで学生はそこから安心感を得ていると答えている。一方で企業もやりたいことを問い、「御社でどうしても働きたい」という気持ちを受け取ることで安心感を得ている。このような相互承認の関係を作ることで、お互いに価値を与え、マッチングが合理的に行われているという虚構を補強しているのではないか。“やりたいこと”がない人はなぜ肩身の狭い思いをするのか
森下は「総合考察」として、”やりたいこと”のない人はなぜ肩身の狭い思いをするのか、という問いに自分なりの回答を用意している。
“やりたいこと”の有無が議論として成り立つには、”やりたいこと”のある人とない人の存在が必要になる。全員が当然に”やりたいこと”を持っているとしたら、そもそも”やりたいこと”を持つことに価値が置かれない。また、”やりたいこと”のある人であふれている社会を理想として据えても、原理的に成立し得ない。現実には、”やりたいこと”のある人ない人もどちらもいるからこそ、社会はまわっているのである。
インタビュー調査の結果からも明らかになったように、”やりたいこと”のないという人は存在し、そのような人々は自身を否定的に捉えている。社会に、親に、先生に「自分のやりたいことをやりなさい」と言われるが、就活場面で”やりたいこと”を器用に表出できる人は、経済的な価値があると考えられている。
しかし、就活生がかりそめの”やりたいこと”を表明し、企業もその意図を了解しながら受容しているとすると、”やりたいこと”がない人が肩身の狭い思いをしているのは”やりたいことがない”ためではなく、企業が期待するような”やりたいこと”を供出できないために、社会との間での相互承認関係が結べず、そのことによって不安が残ってしまうためではないか、と考察した。
“やりたいこと”の有無が議論として成り立つには、”やりたいこと”のある人とない人の存在が必要になる。全員が当然に”やりたいこと”を持っているとしたら、そもそも”やりたいこと”を持つことに価値が置かれない。また、”やりたいこと”のある人であふれている社会を理想として据えても、原理的に成立し得ない。現実には、”やりたいこと”のある人ない人もどちらもいるからこそ、社会はまわっているのである。
インタビュー調査の結果からも明らかになったように、”やりたいこと”のないという人は存在し、そのような人々は自身を否定的に捉えている。社会に、親に、先生に「自分のやりたいことをやりなさい」と言われるが、就活場面で”やりたいこと”を器用に表出できる人は、経済的な価値があると考えられている。
しかし、就活生がかりそめの”やりたいこと”を表明し、企業もその意図を了解しながら受容しているとすると、”やりたいこと”がない人が肩身の狭い思いをしているのは”やりたいことがない”ためではなく、企業が期待するような”やりたいこと”を供出できないために、社会との間での相互承認関係が結べず、そのことによって不安が残ってしまうためではないか、と考察した。
- 阿部真大(2006)『搾取される若者たち―バイク便ライダーは見た!』集英社
- 松下佳代(2013) NHKニュース「大人の学力の調査で日本首位」(2013年10月8日)
- 一般財団法人日本経済団体連合会(2016)『今後の教育改革に関する基本的考え方―第3期教育振興基本計画の策定に向けて―』
- 生産性労働情報センター(編)(2015)『平成27年度新入社員「働くことの意識」調査』
- 重田園江(2011)『ミシェル・フーコー―近代を裏から読む』ちくま新書
- 村上龍、はまのゆか(2003)『13歳のハローワーク』幻冬舎
- 久木元真吾(2003)「『やりたいこと』という論理:フリーターの語りとその意図せざる帰結」社会学研究会(編)『ソシオロジ48』潮人社
- 鵜飼洋一郎(2007)「企業が煽る『やりたいこと』-就職活動における自己分析の検討から」大阪大学人間科学部社会学・人間学・人類学研究室(編)『年報人間科学28』
- 太郎丸博、吉田宗(2007)「若者の求職期間と意識の関係-『やりたいこと』は内定率に影響するか」 数理社会学会(編)『理論と方法22』
- 妹尾麻美(2013)「新規大卒就職活動において「やりたいこと」は内定取得に必要か?」社会学研究会(編)『ソシオロジ59』潮人社
- 溝上慎一(2004)『現代大学生論 ユニバーシティ・ブルーの風に揺れる』NHKブックス
- 文部科学省(2011)『小学校キャリア教育の手引き』
- ジグムント・バウマン(著),酒井邦秀(訳)(2014)『リキッド・モダニティを読みとく 液状化した現代社会からの44通の手紙』ちくま学芸文庫
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