2016年9月4日日曜日

研究紹介: 学校の未来を考える

林寛平「超学校社会ー"学校まみれ"の社会と学校を超える社会」, 末松裕基(編)『現代の学校を読み解く: 学校の現在地と教育の未来』(春風社, 2016)

 

 本書は、「現代の学校はどうなっているか?」「現代の学校を考える視点とは?」の2部構成・全10章により、現代の学校の特徴と実態を、課題と可能性を含めて、様々な視点・専門から描くことを試みた。全国で読み継がれる原理的な本を目指しながら、研究書や論文集にとどまるのではなくコラムや図書紹介、また現代の教育を語る上で欠かせないキーワード解説等を設けて、柔軟なアプローチのもとに読み物としてのおもしろさを追求した。

 <第5章ガイダンス>

  世界を見渡すと、5700万人の子どもたちが学校に通えずにいる。命の危険にさらされながら学校に通う子たちや、学校とは何かも知らずに人生を終える人たちもいる。一方、わが国には学校があふれている。表向きは誰でも学校に通えるようになっているものの、不登校や学級崩壊が課題となり、学校にうまく適用できずにいる子どもたちがいる。この時代には、学校が無くて通えない子たちと、学校があふれているのに通えない子たちが同居しているのだ。
 本章では、日本のように"学校まみれ"の社会がさらに極まった先にある「超学校社会」を構想する。学校が生活と一体化する「スクール・コミュニティ」、データの収集技術が発展したことによって可能になる「学習歴社会」、学校教育のコストが逓減する社会。そして学習が利益を生む社会、という四つの視点から、学校を超える社会について論じる。本論を通して、学校を望ましい社会を作る道具として活かすために、どのような可能性が残されているのかを考えてみたい。

書誌情報 (amazon.co.jp)
 書名: 現代の学校を読み解く: 学校の現在地と教育の未来
 出版日: 平成28(2016)年4月25日
 出版社: 春風社
 編者: 末松裕基

2016年9月3日土曜日

教育動向:私立大学のTA・RAは労働者

アメリカの教育動向(久原みな子)

8月23日、米国の労使関係を管理する行政機関、全国労働関係委員会(National Labor Relations Board, NLRB)は、コロンビア大学の大学院生による申し立てに対し、私立大学でリサーチ・アシスタント(RA)やティーチング・アシスタント(TA)に従事する大学院生は全国労働関係法(National Labor Relations Act)が適用されるべき労働者であると決定した。私立大学におけるRAやTAが労働者であるかどうかという点について、NLRBは、2000年、2004年につづき、再びその決定を翻したことになる。この決定により、私立大学におけるTAやRAは、労働組合を組織するなどの権利を有することになる。なお、公立大学においては、州法の管轄下にあり、すでに少数ながらTA・RAからなる労働組合を持つところがある。

TAやRAの大学院生は、自分の勉強・研究に加えて、学部の授業を行ったり成績をつけるなどの学部生の教育支援、あるいは研究を支援するなどの業務に従事し、その見返りとして学期中、授業料の免除と一定の給料の支払いを受けることができる。しかし、大学によっては、TAやRAの賃金だけでは生活できなかったり、TA・RAや、テニュアのない若手研究者などの低賃金過重労働に大学の業務の多くを頼っている場合もあり、各地の大学で労働組合を組織するための動きが出ていた。今回の決定に対し、コロンビア大学は、大学と学生の関係は主には教育的なものであり、労使関係ではないと反対の意を表明している。

2016年8月20日土曜日

教育動向:教員給与と教員不足

アメリカの教育動向(久原みな子)

経済政策分析を行っているシンクタンクEconomic Policy Institute(EPI)は、8月に発表された報告書で、教員給与が、教員を除く他の大卒労働者よりも低く、さらにその差が広まっていることを指摘した。

報告書によれば、1996年から2015年の間に全労働者の平均週給が上昇したのに対し、教員の週平均給与は逆に減少していた。また、教員の平均給与と、教員を除く大卒労働者の平均給与を比べた場合、教員給与は常に教員以外の大卒労働者の給与より低く、しかもその差が最も小さかった1990年半ば以降広がり続けている。1996年には教員平均給与は教員以外の大卒労働者の平均給与より13.1%少なかったが、2015年には22.8%、週給換算で323ドル少ないものになっていた。

教員給与の問題は、教員不足と大きく関係している。人口増加の続く米国では教員の需要増加が予測されているものの、2020年代半ばまでに多くの教員が定年を迎える予定で、高い離職率、大学の教員養成課程入学者の減少を考慮すると、近い将来教員不足がさらに問題化すると考えられいる。教員不足がすでに深刻なユタ州では、教員養成プログラム卒業者でない人や教育免許のない人でも教科内容に関する知識がある場合は教師として雇用するという代替案を採用しはじめるなど、全国的に緊急に対策を必要としている学区がある。

2016年8月3日水曜日

教育動向: 民主党選挙綱領-教育政策は?


アメリカの教育動向(久原みな子)

共和党に続き、7月25日から全国大会を開いた民主党は、政策綱領を採択し、ヒラリー・クリントンを正式に大統領候補者として指名した。

Education Weekで連邦教育政策と選挙の行方を追っているAndrew Ujifusaによれば、民主党の教育政策は、K-12政策では、クリントン候補支持をすでに表明している米国2大教員組合の主張と重なる部分が大きい。例えば、オバマ政権とは異なり、統一テストの結果を学校や教師の評価と、財政支援のための検討材料として利用することを否定し、子どもに統一テストを受けさせないという保護者の権利を認めた。また、チャーター・スクールの意義を一部認めながらも、公立学校と置き換えられるものではないとし、特に営利目的の学校に関しては否定的態度を明らかにした

 オバマ政権と変わらない点としては、今年に入り議論となったトランス・ジェンダーの生徒のトイレ利用問題をうけて、改めてLGBTの生徒の権利を保証していくことを約束した。同様に、英語を第二外国語として学んでいる生徒、障がいのある生徒、人種的マイノリティーや低所得家庭の生徒への支援も引き続き表明した。また、バーニー・サンダースの主張とも重なる大学学費への支援、学生ローンへの財政支援を約束。質の高い保育の拡充と、保育教員の賃金引き上げなども盛り込まれた。 
  

2016年7月20日水曜日

教育動向: 共和党全国大会で綱領を採択-教育政策は?

アメリカの教育動向(久原みな子)
 
共和党は、オハイオ州クリーヴランドで18日より4日間の予定で共和党全国大を開始、ドナルド・トランプの大統領候補指名に対する反発により混乱するなか、大統領選へ向けて党の綱領を採決した。

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 Andrew Ujifusaによれば、2012年の党綱領と大筋には同じ方向であるが、5月にオバマ政権が出したトランス・ジェンダーの生徒の権利を守る指針への反対、聖書を文学カリキュラムの選択肢として入れることなど、新しい内容も盛り込まれた。その他、オバマ政権が推し進めてきたコモン・コア政策や、大学学費のための学生ローン支払い援助などは、連邦政府の教育への過度の介入だとして批判した。さらに、中絶や避妊具使用を支援する学校クリニックに反対し、結婚まで一切の性的活動を認めない「禁欲」教育の必要性を主張するなど、党が守ろうとする伝統的価値を改めて確認した。また、バウチャー制度、チャーター・スクール、マグネット・スクール、オンライン学習、教区学校、ホーム・スクールなどにより学校選択の幅を広げることを支持した。 

2016年7月6日水曜日

教育動向: 最高裁が大学入試におけるアファーマティヴ・アクションを支持

アメリカの教育動向(久原みな子)
 
 6月23日、合衆国最高裁判所は、2008年のテキサス大学の入試において同校の人種に基づくアファーマティヴ・アクションによって、自らが白人であるために不合格になったとするアビゲイル・フィッシャーの訴えを退け、同大学の入試制度は違憲にあたらないとした。公民権運動をうけて黒人優遇策として始まった大学入試におけるアファーマティヴ・アクションは、近年その見直しが求められているものの、最高裁は40年余にわたり人種を考慮した入試制度を支持し続けていることになる。
 
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 テキサス大学では、州の各高校で優秀な成績をおさめた一定の割合の生徒に自動的に同校への入学許可を与える制度が取られている。テキサス大学の新入生のおよそ8割程度がこの制度で入学し、残りのおよそ2割は、人種を含む様々な要素を考慮に入れた総合評価により、大学の目指す多様性を達成すべく選考が行われる。この制度によって、テキサス大学は、黒人やヒスパニックなどの人種的マイノリティの学生を増やし、より多様な学生を集めてきた。同校のように人種を多数の選考要素のひとつにあげている大学は数多く、訴訟の行方が注目されていた。
 
 今回の判決では、テキサス大での人種にもとづくアファーマティヴ・アクションは支持されたが、同時に、アファーマティヴ・アクションが常に妥当性をもって行われなければならないこと、また多様性を達成するための他の方法を探る必要性があることも強調された。人種と大学入試に関しては、入試制度がアジア系の学生に不利になっていると指摘されるハーヴァード大学、アファーマティヴ・アクションが禁止されたミシガン州での取り組みなども注目されている。


教育動向: トランスジェンダーと学校のトイレ

アメリカの教育動向(久原みな子)
 
 5月13日オバマ政権は、司法省と教育省の連名で、公立学校ではトランスジェンダーの生徒が自らが認識する性別のトイレを使用できるしなければならないという指針を発表した。オバマ政権は、連邦の援助を受ける教育活動での男女差別を禁止する教育改正法第 9 編(Title IX of the Education Amendments)を、トランスジェンダーの生徒にも適用するという姿勢を示したことになる。背景には、3月以降混乱を極めていたノースカロライナ州でのトランスジェンダーのトイレ使用をめぐる訴訟、また各地でも起こっていた同様の議論がある。
 
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 今回の指針は、性的マイノリティの権利を擁護する賛成派の歓迎を受ける一方で、連邦政府の行き過ぎた介入であるとする反対意見、使うトイレの性別を個人が選べるとすることで性犯罪やプライバシーの侵害を懸念する声がさらに強まり、11州が連邦政府を相手取った指針無効を求める訴訟も起こしている。
 
 また、こうした混乱の中、かねてからトランスジェンダーの学生の権利保障に熱心であったイェール大学は、ジェンダーニュートラルな誰でも使える個室トイレをジャンパス内の23の建物に合計300以上設置し、携帯端末等で簡単に検索できるシステムも導入した。同校では、ジム施設にはユニセックスのロッカールームもある。また学生の登録に個人が選んだ名前と性別を使用することもでき、性転換手術などにも学生が加入する医療保険が適用される。他校でも、昨年には、名門女性大学であるスミス・カレッジとバーナード・カレッジが、出生時の性別にかかわらず自らを女性と認識するトランスジェンダーの女性の応募・入学を認めるなどの動きが見られる。