2015年7月28日火曜日

教育動向: 夏の学習喪失(Summer Learning Loss)

アメリカの教育動向 (久原みな子) 

米国公立学校の多くが約3ヶ月にわたる長い夏休みに入り、「夏の学習喪失」が懸念されている。学校暦の終わりとともに始まる夏休みの間には、宿題もなく、特に親たちが様々なサマー・キャンプ、サマー・プログラムを事前に手配したり、勉強やそれ以外の芸術・スポーツなどに関わる経験をさせる努力をしない限り、子どもたちが学校のない間に学習内容を忘れてしまう「夏の学習喪失」が起こる。これについては、1906年の ウィリアム・ホワイトによる研究に始まる長い調査研究の歴史があるが、総じて、子どもたちが夏の終わりには夏休み前よりも同じテストで低い成績になること、また夏の間に何も勉強に関わらなかった場合、算数ではおよそ2ヶ月分の学習を喪失することが指摘されている。この「喪失」は、経済的な理由でサマー・キャンプなどを手配できない低所得世帯の子どもたちにとってはより大きく、逆に夏ごとに新しい経験や学習を積んでゆく富裕層の子どもたちとの間の格差は広がっていくことになる。また、この「学習の喪失」が巨額の経済的損失に換算されるという報告もある。

 米国の生徒たちが国際的な学力テストで振るわない成績であることもあり、オバマ大統領およびダンカン教育長官は、学期の長さを長くし、夏休みを短くしようとする動きを支持している。また、夏休みの始まる6月中には「夏の学習の日(Summer Learning Day)」を打ち上げるなど、学習喪失に歯止めをかけることの重要さを広めようとしてはいるが、全米の8割を超える学校では、依然として長い夏休みが取られているのが現状だ。

 公立学校を拠点とするサマー・プログラムがある一方、地元のコミュニティ・センターや図書館、大学、団体、研究所、企業などが、夏の間子どもたちのための様々なプログラムを展開している。特に多くの公立図書館は、地元企業や団体との協賛で、夏休みの読書プログラムを用意している。これは、例えば、一定の冊数や時間を読書すると賞品がもらえるといったものや、特定のテーマの図書リスト(例えばヒーローもの)をもとにみなで同じ本を読んだりするプログラムもある。読書のみならず、映画や漫画、演劇、クラフトなどに関わるイベントを展開したりと学齢期の子どもたちが無料で楽しめる工夫をこらしている。

(写真:米国でも人気のKumon(公文式)教室の看板)

2015年7月14日火曜日

教育動向: 全米教育協会(NEA)が年次大会を開催

アメリカの教育動向 (久原みな子) 

 米国最大の専門職団体であり、会員数約320万人の全米最大の教員組合である全米教育協会(NEA)の年次大会が、6月26日より10日間にわたりフロリダ州オーランドで開催され、7,000人近くが参加した。 
 各州支部からの代表組合員により広範囲にわたる100を超える事項が議決された。そのうち、各地で紛糾と議論が続いている州共通学力基準、コモン・コアと、その到達度を測る統一テストに関しての決議事項が15以上あった。決議された内容をみると、コモン・コアに反対し、統一テストの受験を拒否するオプト・アウト運動を支持するNEAの立場が浮き彫りとなった。議決された事項は、例えば、テスト作成の2大コンソーシアムであるPARCC とSmarter Balancedによる統一テストが、教員評価と学校評価に利用される限り州単位での反対運動を展開すること、すでに始まっている各州でのオプト・アウト運動を支援すること、各州での義務的な評価を拒否する権利を組合員が行使できるように教育し支援することなどである。そのほか、特に最近再度高まりをみせていた教育における人種差別問題に具体的に取り組むことなどが決議された。

2015年6月30日火曜日

北欧研修参加者が学長懇談会に招かれました

 北欧教育視察に参加した上原瑛美さんが、学長懇談会に招かれました。

 懇談会は6月9日に教育学部の学部長室で行われ、山沢清人学長、平野吉直教育学部長、知の森基金貢献会員などが出席されました。上原さんはスウェーデンの学校訪問で感じたことなど、研修の成果を報告し、研修に参加するにあたって多くの方の支援を受けたことへの感謝を述べました。

 懇談会の様子は、「信州大学知の森基金」のページで紹介されています。


教育動向: 夏休み中の食事提供プログラムが各地で始動

アメリカの教育動向 (久原みな子)

 全米の学校が夏休みに入るにつれ、各地で子どもたちに夏休み中の食事を提供するプログラムが始動している。貧困層にある子どもたちにとって、学期中に学校で、無料であるいは割引で提供される朝食と昼食が一日の食事の全てである場合もあり、長い夏休みの始まりは、そうした子どもたちにとって飢餓と栄養失調を意味している。2014年度には、全米でおよそ2150万人以上の子どもたちが、そうした無料あるいは割引の給食プログラムを利用可能な低所得世帯の出身であった。
 米国農務省は、夏休み中、こうした子どもたちに食事を提供するプログラム(The Summer Food Service Program)を展開しているが、それを利用している子どもの数は、およそ270万人程度にとどまっており、あまり活用されていないのが現状だ。このプログラムでは、普通、食事が提供される場所に子どもが行き、その場で食事をする必要があるが、多くの低所得家庭では、夏の間子どもたちは家にとどまっており、交通費が捻出できないことも多い。また荒天により提供施設が閉鎖してしまう場合もある。
 農務省のプログラム以外でも、各地の学区、学校、地域の団体が様々なかたちで多くの貧困層の子どもたちに食事を提供するため奔走している。例えば、夏の暑さと交通の不便さが問題になりがちなアリゾナ州のある学区では、低所得層の子どもが夏の間一日を過ごすことの多い地元の図書館や地区センター、学校などで朝食・昼食・おやつ・夕食を涼しい屋内で提供し、それぞれの場所で無料の子供向けの活動・イベントも用意している。コロラド州では、学区のみならず、NPOハンガー・フリー・コロラドなどの団体をはじめ、地元のコミュニティや教会の指導者、ボランティアたちが協力し、連邦政府のプログラムを拡大するとともに、地元に根ざした地道な努力を続けている。5人に1人の子どもが「いつ、どこで、次の食事が食べられるのかわからない」状況にあると言われているコロラド州では、不況の影響が厳しかった2009年に州知事と地元団体が協力し、州内の子どもの飢餓を絶滅するためのキャンペーンが打ち上げられていたが、2014年には、夏の間に提供された食事の数は150万食と、2009年に比べて95%増となった。今夏は、さらに10万5千食を追加することを目標とし、州内533ヶ所で子どもたちに無料で食事を提供している。
 


2015年6月21日日曜日

研究紹介: PISAを照らす北欧のオーロラ2009

研究紹介:

澤野由紀子ほか(監修)『【抄訳】PISAを照らす北欧のオーロラ2009―読解力を中心に』
(国立教育政策研究所, 2015) 




* 「解説: 北欧諸国はPISAをどう分析しているのか」を金沢大学学術レポジトリからご覧いただけます。(2015/09/10追記)

 2000年から3年ごとにOECD(経済協力開発機構)が実施しているPISA(生徒の学習到達度調査)では、フィンランドの好成績はもとより、北欧諸国の特徴的な結果が世界中の注目を集めている。本資料は、北欧閣僚会議が2012年に公表したPISAの分析報告書を抄訳したもので、北欧諸国の客観的な状況のみならず、当事者たちが何に関心をもち、どのように自己分析しているのかを知ることができる。

 北欧諸国は歴史的な経緯から共通項が多い。しかしながら、成績の経年変化を見ると、各国が全く違ったパターンを現している。フィンランドは毎回ずば抜けてよい結果を出していたが、2009年には顕著に点数が低下した。スウェーデンは調査ごとに成績を落とし、10年間で計19ポイントの低下が見られた。一方、ノルウェーは2000年から2006年にかけて計21ポイント低下したが、2009年には19ポイントの劇的な回復を見せた。アイスランドは上昇と下降を繰り返し、4サイクルで計7ポイント低下した。デンマークは最も安定していて、毎回若干の上下が見られるだけだった。これらの違いは何に影響されているのだろうか。もちろん、一括りに北欧と言っても、制度の細部、教育を取り巻く環境、さらに教育の文化的側面においては、各国の違いも見られる。本報告書は、この「相違点と類似点」に着目し、「分析の軸を立て、互いの結果を比較検討する」という国境を超えた取り組みであり、国際学力調査の結果の分析・活用の具体例として示唆に富んでいる。

 原著(Niels Egelund (ed.), Northern Lights on PISA 2009 –focus on reading, Nordic Council of Ministers, 2012)は9章で構成され、ジェンダー、移民の背景、社会経済的背景、読書の楽しみ、学校関連要素などの視点から各国の生徒の読解力を分析している。また、デンマークが行った追加調査(PISAエスニック2009)の結果の分析や、この間に行われた教育改革や社会状況の変化が生徒の成績に与えた影響などを分析している。本資料では、このうち、要約箇所等を除いた7章分を翻訳した。

書誌情報 (CiNii)

  書名: 【抄訳】PISAを照らす北欧のオーロラ2009―読解力を中心に―
  出版日: 平成27(2015)年3月31日
  出版所: 国立教育政策研究所
  監修・監訳: 澤野由紀子(聖心女子大学文学部 教授)
                    中田麗子(ベネッセ教育総合研究所 アセスメント研究開発室 研究員)
                    林 寛平(信州大学教育学部 助教)
                    本所 恵(金沢大学人間社会研究域学校教育系 准教授)
                    渡邊あや(国立教育政策研究所高等教育研究部 総括研究官)

※本書に関するお問合せは北欧教育研究会(hokuofc@gmail.com)まで。

2015年6月16日火曜日

教育動向: 全米教育統計センターが年次報告書を発表

アメリカの教育動向 (久原みな子)
 
 連邦教育省傘下の全米教育統計センターは5月、米国の教育に関する年次報告『教育の状況2015』を発表した。これによると、2013年には、学齢期の子どもがの5人に1人以上が連邦政府の定める貧困ラインを下回る暮らしをしているということが明らかになった。これは、全学齢期の子どもの21%、1090万人にのぼり、2000年から6%の増加であった。2013年の貧困ラインは、4人家族で世帯年収が23,550ドル以下という場合である。
 特に南部と西部において貧困率は高く、最も貧困率の高いミシシッピ州では5歳から17歳の33%、最も貧困率の低いニューハンプシャー州では9%であった。人種別では、アフリカ系アメリカ
人(39%)、ネイティブ・アメリカン(36%)、ヒスパニック(32%)、アジア系および白人(13%)となっているが、全ての人種で貧困率は上昇していた。
 米国では子どもの貧困レベルを見る大まかな指標として、公立学校での給食を無料あるいは割引で提供される子どもの率を利用することが多い。今年1月には、この50年間ではじめて、公立学校に就学する過半数の生徒が、こうした給食の割引サービスを受けることのできる低所得世帯の出身となったという報告もある。
 
 その他、年次報告書から明らかになったことは例えば以下のことである。
  • 米国が2011-2012年度に、連邦、州、地方自治体から公教育に費やした費用の合計はおよそ6200億ドルであった。2001年から2002年には およそ5530億ドルであった。 
  • チャーター・スクールに通う生徒の数は1999-2000年度の30万人から、2012-2013年度には230万人に増加した。チャーター・スクールに通う生徒のうち公立学校に在籍する生徒の割合は0.7%から4.6%に増加した。
  • 2002年の秋から2012年の秋の間に、公立小学校に通う白人生徒の数は2860万人から2540万人に減少し、公立小学校における白人生徒の割合も59%から51%になった。一方、ヒスパニックの生徒は660万人から1210万人に増加し、公立学校における彼らの割合も18%から24%に上昇した。
  • 英語を母語としないために公立小学校で英語を学んでいる生徒の割合は2002-2003年度の8.7%から9.2%に増加した。

2015年6月2日火曜日

教育動向: ニューヨーク州教育長にメアリー・エレン・イリアが就任

アメリカの教育動向 (久原みな子)
 
 ニューヨーク州の教育委員会は5月26日、元フロリダ州ヒルズボロー郡の教育長であるメアリー・エレン・イリアをニューヨーク州の教育長に任命した。前任のジョン・B・キング・ジュニアは、オバマ政権下の連邦教育長官アドバイザーに就任したため、2014年末をもって退職していた。イリアは、今年1月に解雇されるまで、過去10年間にわたりフロリダ州タンパを含む全米8番目に大きい学区で、教員評価システムの改善、教員組合との交渉など教育長として業績を上げてきた。特に、2009年には、生徒の統一テストの成績を教員の給与の一部に反映する教員評価システムを導入するために、ビル&メリンダ・ゲイツ財団から1億ドルの援助をヒルズボロ-学区が受けたことでも知られる。ニューヨーク州では、フロリダ州同様、全米初の各州共通学力基準であり、ゲイツ財団が多額の援助をしているコモン・コアとその到達度を測る統一試験の導入に関して議論が続いており、
今年に入りこれに反対するため20万人以上の生徒が受験を拒否(オプト・アウト)している。イリアはニューヨーク州出身で、1970年から19年にわたり社会科および英語教師をしたのち、1989年から教育行政に関わってきた。今後は、州教育長として7000以上の小中学校を含むニューヨーク州全域の教育を管轄することになる。