2021年3月25日木曜日

研究紹介: スウェーデンの離学予防・復学支援策

林寛平・本所恵「スウェーデンの離学予防・復学支援施策」, 園山大祐(編)『学校を離れる若者たち ヨーロッパの教育政策にみる早期離学と進路保障』(ナカニシヤ出版, 2021)


 スウェーデンの離学対策の特徴は、切れ目のない施策にある。基礎教育を受ける権利と義務、高校進学で挫折した人への補充教育、高校中退予防、そして、取りこぼした人をすくい上げる成人教育がある。これにより、希望すればほぼすべての人が高校卒業を目指せる制度が整えられている。また、病気や障害で学業を中断せざるをえなくなった人には現金給付があり、セーフティネットが広く張られている。加えて復学に向けたインセンティブが仕組まれていて、就労も就学もしていない若者に学業に復帰する動機を与えようとしている。本章では、スウェーデンにおける切れ目のない支援体制を描出するために、対象者の法的定義と統計を整理し、政策の重要な転換点を踏まえたうえで、離学・復学施策の特徴を検討する。(「はじめに」より)

書誌情報 (amazon.co.jp)
 書名: 学校を離れる若者たち ヨーロッパの教育政策にみる早期離学と進路保障
 出版日: 令和3(2021)年3月31日
 出版社: ナカニシヤ出版
 編者: 園山大祐

2021年3月24日水曜日

【在宅留学】ウプサラ大学とのオンライン共修

 信州大学教育学部ではウプサラ大学教育学部(スウェーデン)と共同でオンライン国際共修授業「Education in Global Perspectives (EGP)」を開講しました。コロナ禍で海外渡航が制限される中ですが、2020 (令和2)年度には日本とスウェーデンから30名弱の学部生・院生が受講しました。授業の主な内容は、①講義②グループワーク③ビデオ交換プロジェクトの支援の3点にまとめられます。



授業担当者による講義

 この授業では、双方向の関わりを通じて、教育学部生らしい専門的な内容を習得することを目指しています。講義では比較教育学を専門とする授業担当者が日本とスウェーデンの教室文化の細かな違いを取り上げ、その歴史や背景を解説しました。例えば、日本の学校でよく見かける飼育小屋やプールなどはスウェーデンの学校ではほとんど見かけません。職員室の雰囲気も全く異なっています。先生の呼び方や保護者とのかかわり方、教育実習の期間や実習生の立場なども大きく異なります。インフルエンザでの学級閉鎖や運動会の玉入れもスウェーデンではありませんし、保健室やカウンセラーの機能も様々です。給食のメニューや給食指導(残り物のじゃんけんなど)も考え方の違いが現れています。これらの日常的なトピックを取り上げて、両国の学校がどのような価値観をもって指導しているのかを考えました。



グループワーク

 EGPでは月に1度の頻度で講義を行いましたが、講義の合間には両大学の学生がグループを作って作業や議論を行いました。最初の課題は、「日本人がスウェーデンで教員になるには」「スウェーデン人が日本で教員になるには」でした。各グループでは、関連法規や採用試験の内容を調べ、国籍要件があるかを確かめました。そのほか、平均給与や労働時間の統計データや教職の志望動機のアンケート結果などを示しながら、両国の状況を比較しました。
 次に、それぞれの国で用いられている教科書や教材を持ち寄り、小学校の授業を撮影したビデオを観ながら指導方法や教員の働き方の違いや共通点について話し合いました。教育実習を経験した学生は実習先で書いた指導案を紹介し、両国の着眼点の違いを議論しました。スウェーデンの教科書では登場するキャラクターをもっぱら動物で表現し、中性的な名前を使うなど、ジェンダーに配慮した編集になっています。一方、日本の教科書では男女の児童が登場し、1人の先生と問答をしながら展開してく構成になっています。これに対してウプサラ大学の学生からは、スウェーデンでは複数の教員でチームを組んで教えることが多いため、一人の先生が首尾一貫して教えているのは違和感がある、という意見がありました。


ビデオ交換プロジェクトの支援

 グループワークのハイライトは児童によるビデオ交換プロジェクトのサポートです。附属長野小学校6年生では、英語活動の一環としてストックホルム郊外の基礎学校(Saltsjöbadens Samskola)の子供たちとビデオ交換を行いました。奇数月には日本からスウェーデンへ、偶数月にはスウェーデンから日本へビデオを送りあうというものです。両校では4人程度の班を作り、班ごとに英語のビデオを製作しました。小学校6年生にとって、英語で説明をしたり、相手の英語を聞き取ったりすることは容易ではありません。そのため、信州大学のEGP受講生は毎週月曜日と木曜日の朝にZoomで6年生の教室とつなぎ、遠隔でビデオ作りをサポートしました。また、スウェーデンでも同様に、Samskolanのビデオ作りをウプサラ大学の学生がサポートしました。
 3月10日には、ビデオ交換プロジェクトとEGPのまとめとして、児童と学生が参加するリアルタイム・ミーティングGlobal Friends Meet Upを開催しました。Meet Upでは、学生が児童と協力してZoomを運営し、各班でのゲームや交流活動を両国の学生がサポートをしました。附属長野小学校の6年生にとっては卒業式1週間前という時期でしたが、小学校最後の思い出として、緊張感と達成感に満ちた会になりました。また、EGPの受講生にとっても、これまでの国際共修で培った関係性を活かして、海外の学生と一緒に企画する貴重な経験となりました。


 この授業では、信州大学の学生には信州大学から、ウプサラ大学の学生にはウプサラ大学から単位が付与されます。信州大学教育学部とウプサラ大学教育学部は2019(令和元)年11月に国際交流協定を締結し、留学生の相互受け入れを始めています。併せて、信州大学・金沢大学・ウプサラ大学の3者でコンソーシアムを組み、国際交流の促進に取り組んでいます。


受講生のコメント(抜粋・一部改変)

  • 在宅で留学が出来るという点に惹かれたことがこのプロジェクトに参加しようと思ったきっかけでした。私には留学経験も教育実習の経験もなく、しかも英語に対して苦手意識を持っているため、授業について行けるか、きちんと子供たちをサポートしていけるのか不安がありました。特に、ウプサラ大学の学生との授業は、リアルタイムで英語が飛び交う状況に毎回とても緊張していました。しかし、子供たちとの関わりやウプサラ大学、信州大学の学生との交流を通して、他の方の楽しそうな表情やあたたかい雰囲気に何度も感動し、この輪の中に自分も思い切って飛び込んで良かったと思いました。そして、英語を使いこなす先生や他の学生の様子に刺激を受け、自身の英語の力をさらに高めたいと強く思いました。この授業は、将来的に英語を使おうと考えている方はもちろん、英語に苦手意識を持っていたり自分の意識を変えるきっかけを掴みたいと考えていたりする方も参加する価値がある授業だと考えます。英語が苦手な身として不安もたくさんありましたが、短くつたない英語でも相手に伝わったときや、子供たちとの活動で英語のサポートが出来たときの喜びはとても大きく、それが自分自身の力にもなりました。本当に楽しかったです。ありがとうございました。
  • 活動が多岐に渡り、さまざまな思考力が養われたと思います。特にこの授業の中心であるウプサラ大学の学生との交流では互いの教材や教育文化を語るだけでも文化的、社会的な背景からくる教育観について学べました
  • 子どもたちと実際に関わる授業がEGPだけでしたので貴重な経験になりました。班の子たちをどうサポートしたらいいのか不安でしたが、先輩と2人で1つの班を担当できたのが心強かったです。大学生同士の授業では、スウェーデンの授業実践についてだけでなく、先輩方の授業実践についても少しお話いただけて非常に勉強になりました。スウェーデンの教育にも興味を持てました。ありがとうございました!
  • 私の班は、最初のビデオ交換の段階では、すべての翻訳を大学生が行っていました。しかし、ビデオ交換の回数を重ねていくと、一緒に届いたビデオを見ていても子供たちが聞こえた文や単語を自力で理解しようとしていた姿に成長を感じました。そして、それによって次のビデオをさらに意欲的に考えるようになり、中身の濃いビデオが作られていったと思います。特に、こちらから投げかけた話題について返答してもらい、追加で新たな質問が来るとその答えを楽しそうに考えていたことがとても印象的でした。私も嬉しかったです。時間が経つにつれ、大学生との距離が縮まったことで意見を言いやすくなったのかもしれませんが、スウェーデンの子供たちとのやり取りを通して、長野小の子供たちの英語力の成長だけでなく気持ち的な面でも変化があり、それがより積極的な活動へ繋がったのではないかと考えます。子供たちのビデオ交換プロジェクトは良い活動だと思います。私も子供たちの成長を間近で感じることが出来ました。
  • Thank you for making this course possible. It has thought me a lot, and I have also gained many new perspectives.
  • 子ども達は、それぞれ伝えていこと、またスウェーデンの子どもからの質問への返答を中心に考えていました。メッセージを発信して、受け取って返答する、そのやりとりが時間と場所を超えて行われていたこの活動は、見ていて面白かったです。 現代はYouTubeなどで海外の様子などは簡単に触れることができますが、このプロジェクトのようにコミュニケーションの相手として海外の人に触れることは貴重な機会だと思います。ある程度近い存在としてスウェーデンの人たちのことを感じられたのではないでしょうか。そんな近い存在を通して感じる海外は、彼らにとってとても貴重な経験になったと思いますし、海外という存在が近くなったのではないかと思います。
  • 小学生同士の国際交流に関わったり、参観できたりしたことは、今後英語教育に携わる上でとてもよい経験となった。最初は英語も、ビデオづくりも小学生には難しいのではないかと思っていたが、想像以上に子どもたちには力があり、回を重ねるごとにビデオの質も上がっていった。Zoomということで子どもたちの意図を全てくみ取ることは難しかったが、それでも一員として関われてよかった。
  • 初めは正直日本の児童がどこまでビデオを作れるのか不安なところもありました。自分たちでつくり、スウェーデンの子どものビデオに圧倒され、それでも自分たちなりに工夫していこうと自己調整する姿が良かったと思います。国際交流の新たな方法としても勉強になりました。ビデオ交換に限らず、学校のカリキュラムマネジメントとして考えていく必要のあるところですが、教科・領域の指導の中で相手意識をもつための時間がもう少しあれば、ビデオの内容に更なる展開もあると、可能性を感じました。
  • Pupils were engaged in the activity. It also boosted their confidence in English communication.
  • 大学生同士の英語はスピードが速く使う言葉も難しかったので、楽しむというよりは緊張感を持って参加していました。信州大学の先生や先輩の方の英語を聞いて、こんなにも英語を使いこなせる人がたくさんいるのかと驚きました。私は、授業中はついて行こうとひたすら必死だったのですが、授業後に内容を振り返ると、失敗よりも他の学生の方のあたたかさや授業の楽しさをたくさん思い出して、参加して良かったと毎回思っていました。私の英語はまだまだ日常的に使えるものとはいえないので、その場その場での英語のやり取りには多くの課題が残っています。しかし、自分の考える授業案をプレゼンし合ったときに、ウプサラ大学の学生が私の授業内容を面白いと言ってくれて、自分の英語がきちんと伝わっていたことと教育の面でも先輩の方々に自分の考えを褒めていただけたことがとても嬉しく印象に残っています。スウェーデンと日本の学校の文化や制度などの違い、先輩の方の考えをたくさん知り吸収でき、教育を学ぶ者としても大学生同士の授業には刺激を受けました。
  • (Global Friends Meet Upについて)同じ班の大学院の先輩と当日に向けて話したとき、不安な点があるということだったので、子供たちが緊張しすぎず楽しめるか、私もきちんと支えられるか心配していました。はじめはぎこちない部分もありましたが、お互いに質問し合ったりちょっとしたミスも一緒に笑い合ったり出来たことで、子供たちの中に良い雰囲気が生まれたと感じました。長野小の子供たちは、ジェスチャーゲームや質問を通して、英語が伝わったことをとても喜んでいるように見えました。特に、Samskolanの子がスウェーデンの首都を聞いてきたときに、正解を答えた子がこれまでの活動の中で一番嬉しそうな顔をしていたことが印象的でした。それが私も嬉しかったし、喜んでいる長野小の男の子の様子を見てサムスコラの子供たちも楽しそうでした。翌日の振り返りでも挙がっていたことですが、コミュニケーションは、言葉がなくても生まれるのだと実感しました。言葉が足りなくても、うまく話せなくても、言葉以上に伝わるコミュニケーションがあり、そこから喜びや楽しさが生まれることを私も子供たちから学びました。そして、反省としてこれから子供たち自身の英語を向上させていきたいと話し合っていましたが、それを伸ばすにあたり、今回のプロジェクトの楽しかった思い出や嬉しかった気持ちを力にして欲しいと思いました。
  • (Global Friends Meet Upについて)子どもたちが時間が足りないと思うような会を開くことができ、これからの英語学習のモチベーションになるような経験になったと思う。様々な人が関わる会だったので、準備段階ではそこの共通理解が大変だったが、関わることができてよかった。私も楽しめた。
  • (Global Friends Meet Upについて)It was wonderful. I was surprised by pupils' passion to communicate. Despite the difference in English ability, all the students in my group were having fun. I am certain that it will be a great incentive for students to learn English.
  • (Global Friends Meet Upについて)小学生、大学生ともにリアルタイムのミーティングは10回のメールより価値があると思います。

【担当者・協力者】(敬称略)

2021年3月10日水曜日

研究紹介: スウェーデンはなぜ一斉休校にできなかったのか

田平修・林寛平「コロナ禍におけるスウェーデンの学校教育」日本比較教育学会(編)『比較教育学研究』62, 2021, pp.41-58.


Shu TABIRA & Kampei HAYASHI (2021) Swedish Schools during COVID-19 Crisis, Bulletin of the Japan Comparative Education Socitety, 62, pp.41-58.


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新型コロナウイルス感染症の拡大により各国が都市閉鎖や一斉休校に向かう中、スウェーデンは特異な対応を採ってきた。この間、国内での賛否両論はもちろんのこと、米国のトランプ大統領がTwitter上で批判したり、「ノーガード戦法」と揶揄されたりするなど、各国から大きな関心を集めてきた。

スウェーデン政府は新型コロナウイルスを「社会的脅威(samhällsfarlig)」とし、感染拡大を抑制することで人々の生活、健康、仕事を守ることを目指した。王室もビデオメッセージを公表するなどして、危機感を共有してきた。しかし、他国が非常事態を宣言して行政府の裁量を拡大する中で、スウェーデンでは法改正と強制力を伴わない「勧告(rekommendation)」を組み合わせた穏やかな対応が採られた。スウェーデンは平時の延長として新型コロナウイルスに対峙してきたと言える。特に、個人と社会の両方を守ることを掲げ、リスクの高い人を隔離し、それ以外の人には感染症対策の上、これまで通りの活動を推奨した点が特徴的である。

これらの対応は主に感染対策法と労働環境法、そして公衆衛生庁が2019年に策定したパンデミック準備計画に基づいている。準備計画はインフルエンザを想定したものだが、新感染症全般に応用できる内容で、パンデミックへの備え、コミュニケーション計画、薬へのアクセスと利用の3部構成となっている。このうちコミュニケーション計画では、情報が錯綜することで無用な混乱や政府への不信感を生まないよう、各機関の役割を明確にすることが示されている。その原則は以下の3点に要約される。

責任原則: 通常時の事業責任者が危機時にも責任を持つ。部門間で協働する際も同様
平等原則: 危機時の活動はできる限り通常時と同様に行うべき
近接原則: 危機は、それが発生した場所で、最も影響を受け、かつ責任のある者によって対応されるべき

世界保健機関(WHO)がパンデミックを宣言すると、公衆衛生庁は3月17日には高校や大学等は通信授業に移行するよう勧告した。高校生以上は学校に集まらなくても授業ができることから、感染拡大を予防し、最も脆弱な人が医療を受けられるようにするためだと説明された。また、高校生や大学生等は幼い子供と違ってケアが必要ないことや、授業集団が大きいことが理由として挙げられた。

プリスクールと基礎学校は、一部の自立学校(運営費の大半を公費で運営される私立学校)が独自に閉鎖した例や、生徒や教職員から感染者が出た学校を除き、全国的な休校にならなかった。公衆衛生庁は学校閉鎖が感染拡大のリスクを減らすという科学的な根拠はないとして、子供を自宅に待機させるのは効果的な対応ではないと考えていた。これに加えて、休校を措置する法的根拠がなかったこと、教育を受ける権利と義務の扱い、学校の保育機能に関する議論、学校の福祉的機能に関する議論などが背景にあった。

教育法では、学校教育の目的を「学校における教育は子供と生徒が知識と価値を獲得し、発展させることを目的とする。これはすべての子供と生徒の生涯にわたる学習意欲を促進するものである。教育はまた、スウェーデン社会が基づく人権と基礎的な民主主義的価値を尊重することを伝え、定着させるものである」としている。また、これに続けて「教育は子供と生徒の多様なニーズを考慮に入れなければならない。子供と生徒は可能な限り成長するように支援と刺激が与えられるべきである」とうたわれている。本稿では、パンデミック下において、スウェーデンの学校がこの目的達成にどのように取り組んできたのかを整理し、この間の議論の背景にある制度や思想を考察する。(「はじめに」より)


はじめに
1. なぜすぐに休校にできなかったのか
2. なぜいまだに休校しないのか
 (1) 教育を受ける権利と義務の扱い
 (2) エッセンシャルワーカーのジレンマ
 (3) 学校の福祉的機能の維持
3. 学校はどう変わったか
 (1) ニューノーマルと教員の過重負担
 (2) 子供の知る権利の保障
 (3) ウィズ・コロナの授業
おわりに