2019年10月10日木曜日

研究紹介: 教育省をアウトソースすると発表したリベリア

林寛平「比較教育学における『政策移転』を再考するーPartnership Schools for Liberiaを事例に―」日本教育学会(編)『教育学研究』第86巻第2号, 2019, pp.213-224.


本文はこちらからご覧いただけます。

キーワード:比較教育学、政策移転、教育の輸出、Partnership Schools for Liberia (PSL)、グローバル教育政策市場

 教育の輸出および輸入の発生と進展により、比較教育学は新たな現象に直面している。従来、比較教育学は「政策移転」や「政策借用」の概念を用いて議論を行ってきた。Cowen(2006)は政策移転を移転、トランスレーション、トランスフォーメーションの3つの段階に分けている。政策移転が行きつくところは、初期のトランスレーションが土着化するか、逆に絶滅するというトランスフォーメーションの段階であるが、教育の輸出・輸入においてはトランスレーションが本質的に疎外される。それは、輸出側の優位性を保持し、利益を確保し続けるためである。

 本稿では、Partnership Schools for Liberia (PSL)の事例を用いてこの新しい現象を描き出す。PSLは公立の幼稚園と小学校を営利団体を含む非政府系アクターに外注する試みである。これらのアクターのほとんどは外国に拠点を置いている。PSLの目的は、第一に、非国家の運営者を選択・委託・契約し、94の公立小学校を運営させ、読解と算数においてより高い学習成果を導くこと。第二に、教育省がPSLの学校を委託し、規制し、質を保障する役割を効果的にできる能力を築くこと。第三に、PSL学校の成果(質、費用効果、公平)を伝統的な公立校との比較によって測り、厳格な外部評価を実施することである。

 この事例について3つの論点を挙げる。第一に、PSL学校は公正を期するために複数の団体に外注されている。しかし、現実には、これらの団体は資金のフローと個人的関係によって相互につながっていることが分かった。第二に、リベリアの教育省は3つの目的それぞれについて外国を拠点とした団体に外注している。このことは、リベリアの文脈において土着化することを構造的に難しくしている。教育大臣の構想は「全国のすべての地区の公立学校をトランスフォームし、すべての子どもに機会を提供する」ことであったにもかかわらず、PSL学校のコントラクターが土着化の度合いを意図的に統制できる力があった。第三に、教育の技術や方法において先進的な国の団体に外注することにより、PSL学校はリープフロッグ現象を経験している。リベリアは明らかに教育の量的拡大の段階であるにもかかわらず、「パッケージ化された学校」を「購入」し外部評価を実施することにより、量的拡大の段階を飛ばし、質評価の段階に直接移行している。これは他国が経験していない状況である。

 最後に、比較教育学の理論に照らして再考および省察すると、リベリアの事例はトランスフォーメーションの段階を持たない新しい形の政策移転であると指摘できる。比較教育学は、教育の輸出入において「パッケージ化された学校」を購入するという事象を分析するための枠組みを構築し精緻化する必要があろう。



Rethinking Policy Transfer in Comparative Education: 

The Case of Partnership Schools for Liberia


Kampei HAYASHI (Shinshu University, Uppsala University) 

Full paper is here.

Key words: Comparative Education, Policy Transfer, Education Export, Partnership Schools for Liberia (PSL), Global Education Policy Market 

With the emergence and growth of the education export and import practice, comparative education is facing a new phenomenon. Conventionally, comparativists have discussed issues with the concepts of ‘policy transfer’ and ‘policy lending/borrowing’. Cowen (2006) divided policy transfer into three stages: transfer, translation, and transformation. Policy transfer in education had the ultimate process of transformation, where the original translation became indigenous, or conversely, extinct. However, in the case of education export and import, policy transformation is inherently avoided, mainly to maintain the superiority of the export side and thus secure profit from the trade. 

This new phenomenon is illustrated in this paper through the case of the business of the Partnership Schools for Liberia (PSL). PSL is an attempt to outsource governmental preschools and primary schools to non-state actors, including for-profit organizations, who are mostly foreign-based. PSL’s aim is to ‘1) select, commission, and contract non-state operators to run 94 public primary schools, leading to higher learning outcomes in literacy and numeracy; 2) build the capacity of the Ministry of Education to effectively play the role of commission, regulator, and quality assurer to PSL schools, and 3) conduct a rigorous external evaluation to measure the performance (quality, cost-effectiveness, equity) of PSL schools in comparison with traditional public schools’.

Three issues are raised through this case. Firstly, to secure fairness, PSL schools are outsourced to several organizations, however, the reality is that the actors are overlapping and interrelating in terms of monetary flow and personal relationships. Secondly, the Liberian government outsources all three areas of PSL’s aims to foreign organizations, and this creates structural difficulties for indigenisation in local context. Despite the Education Minister’s ‘vision for transformational public schools in every district across the country, providing access to every child’, PSL contractors have the power to intentionally control the degree of indigenisation. Thirdly, by outsourcing to different actors whose countries have reached far more advanced technology and methodology in education, PSL schools experience leapfrog phenomenon. Following the ordinary development process, Liberia is clearly in the phase of quantitative expansion. However, by ‘buying’ a ‘school-in-a-box’ product and doing an external evaluation based on student performance, PSL schools skip the phase of quantitative expansion, and move directly to the quality evaluation. This is a unique case. 

Finally, by rethinking and reflecting on the framework of comparative education theory, the case of Liberia is defined as a new type of policy transfer that lacks the transformation phase. It is a challenge for comparative education to refine and develop an analytical framework to analyse cases in education export/import, where a country carries out ‘buying’ a ‘school-in-a-box’ policy.

2019年10月9日水曜日

ワークショップ「『教育の輸出』政策の実態と課題」のご案内

埼玉大学で開催される日本教育行政学会第54回大会において、以下のワークショップを開催します。ご関心のある方はぜひご参加ください。

特別企画(国際交流委員会ランチョンWS)「教育の輸出」政策の実態と課題

日時: 2019年10月19日(土) 12:00~13:00

場所: 埼玉大学 教育学部 A棟 A324

趣旨説明: 貞広斎子(千葉大学) 今期の委員会活動との関係性について
報告: 林寛平(信州大学・ウプサラ大学)「教育の輸出」をめぐる教育行政学的課題  
報告: 植田みどり(国立教育政策研究所)イギリスにおける実態―教員研修の事例―

趣旨: 
 大規模国際アセスメント(PISA等)が実施されるようになり、教育政策が国境を越えて流通している。ニュージーランド、フィンランド、日本などは「教育の輸出」国家戦略を策定し、義務教育段階の教育政策(実践を含む)や助言を海外アクターに提供し、収益を上げている。拡大するグローバル市場の中で、世界最大の教育企業でイギリスを拠点にするPearson社やJames Tooley教授(ニューカッスル大学)らが出資しガーナにOmega Schools社が創設された。Omega Schools社はガーナ国内で低コスト私立学校チェーンを展開するだけでなく、リベリアにも進出し、自らが「輸出」アクターとなっている。このような事象は極めて流動的で、商業活動であるがゆえに全体像の把握が難しい。その上、個別事例の課題はもとより、構造的・国際的な問題が懸念され、教育行政学のアプローチからも検討が求められている。

 教育サービスの貿易は、「サービスの貿易に関する一般協定」(GATS)において分類されて以降、初等教育にも範囲を広げてきた。任意で参加することが多い高等教育とは異なり、多くの国で義務となっている初等教育への海外アクターの参入には倫理的な課題が懸念される。今後日本も、輸出国になると同時に、市場としても見られることになり、これにより生じる公教育の変容についても学術的な検討が必要である。 そこで本企画では、「教育の輸出」政策の事例を持ち寄り、教育行政学に向けられた課題を検討する。まず、貞広より、今期の委員会活動と本企画の関連性について説明した後、国際交流委員会から林・植田の2名が報告する。

 今期の国際交流委員会では、2017年の大会時に国際シンポジウム「国際アセスメント時代における教育行政」を開催した。2019年3月にはJ. ジェニングズ著『アメリカ教育改革のポリティクス―公正を求めた50年の闘い―』書評会を開き、5月には韓国での国際シンポジウム「政策変容期における政策の安定性・合理性確保のメカニズムに関する国際比較」に参加している。また、8月には世界教育学会(WERA)でシンポジウム「Externalization and Internalization: Referencing and adaptation of external policies in the Japanese education system」を開催した他、講演会「グローバルシティにおける教育改革とスクールリーダーシップの動向と展望」を行った。こうした機会を通じて、グローバル化と教育政策、教育と政治との関係性、Externalization and Internalizationについて議論を深めてきた。本企画はこれらの議論をベースにしている。

 林は「教育の輸出」関する先行文献を検討し、現象の定義と研究動向を整理した上で、教育行政学のアプローチから研究上の課題を報告する。特に、シンガポールやフィンランドのように、植民地を持った経験のない新興「起業家的国家」(entrepreneurial state)の性格を持つの事例と、英米の伝統的な対外政策を比較し、開発支援を通じた教育政策への関与の在り方を検討する。このような世界的な動向を踏まえて、文部科学省等が進める「日本型教育の海外展開推進事業」(EDU-Portニッポン)の課題を指摘する。

 植田は、イギリス(イングランド)での動向について紹介する。例えば、ロンドン大学教育学部(IoE)では、イギリスで制度化されている管理職研修プログラムを中東やアジアの国々において各国の事情に応じてカスタマイズして提供している。またCambridge Educationは英語教育のノウハウを活用して独自の英語教員のスタンダードを開発してアジアの国々において研修プログラムの提供と資格認証を行っている。このようにイギリス国内で開発されたプログラムを積極的に海外に輸出している。このような動向を紹介しながら、これらの組織が、どのように各国の事情に合わせたシステムやプログラムの開発を行っているのかを報告する。

 これに加えて、「教育の輸出」のアクターであるOmega Schools社より広報担当社員のJohn Kokro Frimpong氏とリベリア事業責任者のMichael Bonney氏をお招きし、具体的な事例を補足的に説明してもらう。ゲスト2名には、イギリス・Pearson社との資本関係やリベリアでのビジネスの収益がどのように扱われているのかについてもお話しいただく。また、Omega Schoolsの設立者であるKen Donkoh氏が最近経営から退いたことについて、その背景事情とその後の経営体制について話を伺う。 

 本企画では、限られた時間ながら、学術交流のために有効に活用するために、昼食を持ち寄ってワークショップ形式で行い、国際交流委員会でのこれまでの議論を学会員と共有する機会としたい。そのため、参加者に発言を求めることがある。なお、ワークショップの一部は英語で行われる。

【中止】セミナー「ガーナにおける低コスト私立学校運営とリベリアにおける展開」のご案内

【キャンセル】講師の2人が来日できなくなったため、本イベントは中止になりました。

 ガーナのオメガ・スクールから社員を招き、エデュ・ビジネスと「教育の輸出」の実態についてお話しいただきます。オメガ・スクールは世界最大の教育企業Pearson社が出資して2008年に設立された営利企業で、ガーナで低コストの私立学校チェーンを運営し、2万人以上の生徒を抱えています。また、最近はリベリアにも展開しています。

 申込み不要、参加費無料で学外の方もご参加いただけます。

科研費セミナー「ガーナにおける低コスト私立学校運営とリベリアにおける展開」

日時: 2019年10月17日(木) 13:00~15:00

場所: 信州大学教育学部 北校舎(N館)3階 N303教室

講師: John Frimpong Kokro氏(オメガ・スクール社員・広報担当)
   Michael Bonney氏(オメガ・スクール社員・リベリア事業責任者)

司会: 林 寛平(信州大学大学院教育学研究科・准教授)


本研究はJSPS科研費(16H05960)「グローバル教育政策市場のインパクトに関する国際比較研究」(若手研究(A))の助成を受けたものです。